情報誌「ネルシス」 vol.3 2002

P-34[INTERVIEW]映画『アレクセイと泉』をめぐって―本橋成一監督に聞く
P-40-Product Message [プロダクト メッセージ]【手すり:サポートレール】
P36-39
文…上山良子(上山良子ランドスケープデザイン研究所)
写真…石井雅義

場づくりの究極のコンセプトは「土地の記憶」と「コスモフィリア:宇宙・愛」である、と言い続けてきたことが、芝3丁目「芝さつまの道」で実現した。
 2.4haの敷地は薩摩上屋敷跡で、幕末に江戸無血開城へ導いた意義深い記憶が100年以上のあいだ眠っていた土地であった。この地の上に「働く」「住まう」「憩う」ことのできる新しい街を創るという意図で、25年前から再開発がスタートしていた。大きな枠組みとしては、敷地の中央に25m幅のオープンスペースを配し、各建物に関しては12mの高さで基壇をつくり、街のスケールを人間スケールにし、建築が自己主張をすることをさけるという方針が貫かれていた。
 いよいよデザインの段階にきたとき、まず最初にランドスケープアーキテクトを決めるとしたデヴェロッパーの決断は、今後の再開発の方向を示唆しているといっても過言ではない。
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P37
ランドスケープアーキテクトの職能のレベルも問われる時代の到来といえよう。
 プロジェクトはクライアントのデヴェロッパー、各棟を受け持つ建築家、照明、カラーの専門家等ハード、ソフトを含めた関係者全体が参加するワークショップの場で徹底的に議論され、コンセンサスを得るところから始まった。そのうえでデザインガイドラインをつくり、各設計に生かしていくこととなった。
 基本コンセプトの「土地の記憶」は生かされ、日本的アーバンデザインを空間としてどう展開していくか、各設計者は腕を振るった。古い敷地図から抽出したさまざまなデザインボキャブラリーをまったく新しい形として再生し空間構成していくとき、「土地の記憶」は街景観の中に隠蔽される。かくして「芝さつまの道」として再生された新しい日本的街風景は過去の記憶を継承しつつ、新しい名所となるべく誕生した。
さまざまなデザインボキャブラリーを
まったく新しい形として再生し空間構成していく
 もとあった井戸のメタファーとして、3つの噴水が創られている。「記憶の井戸」といわれる「宙の広場」にある主噴水は、記憶のレイヤーを石の層として表現し、その間に再生のシンボルとしての水を流した装置である。「迷宮の井戸」は水路の水の源として、吹き上げるピラミッド型の水の乱舞が迷宮の水路を流れ、時の流れの不思議な様を表す。「水釜の井戸」では、悠久の時の流れを、鏡面上にうすく張った水盤の水が石壁をつたって流れる水に託している。これら噴水からの水は水路を流れて循環されている。3つの百年以上忘れられていた「井戸」はみごとに再生された。
 蔵跡は「座のオブジェ」の一つとしてよみがえり、また敷地から発掘された掘割に使われたと見られる間知石や土台として使われていた石は、それなりの時の風情を今に残す、
「座のオブジェ」としてベンチへと役割をかえ舞台装置の小道具として演出に一役買っている。
 「芝さつまの道」全長150m、幅25mは面として考え、畳のモデュールである「1:2」を入れ子状にパターン化し、石畳として解いた。その石畳を切って大きく流れる風の軸は、そのゆるやかな曲線で「芝さつまの道」の面に柔らかさを与えると同時に、日比谷通りとの微妙なズレをデザイン的に解消している。
 風をコントロールし、緑陰の快適さを演出する三連に刈り込んだ樹木は、この地にしかない風情で、幾何学的に十文字に刈り込んだ低木とともに緑の舞台装置を創っている。
 卵型に切り取られた仮想空間は、「宙の広場(セレスティンプラザ)」と名づけられ、「芝さつまの道」の中心として、天と地を結ぶランドスケープの
コンセプトの真髄を表現している。
 昨年の春に、ここに入られるホテルの名が偶然にも「セレスティンホテル」と聞いたときの驚きは想像を絶するものがあった。外部空間のコンセプトと内部ソフトとの一致である。ホテル側の驚きもひとしおで、それからのホテルの方向性も「芝さつまの道」との関わりを深める方向に、大きくシフトしたと聞いている。
 舞台装置は出来上がった。この空間と運営と演出が一体となったとき、この新しく生まれ変わった街は、生き生きと次世紀へ、あらたな「土地の記憶」を刻していくことになろう。ここで働き、生活し遊ぶ主役の演技者たちが悠久の時の流れと「やすらぎ」を感じてもらうことこそ私たち創り手にとって限りない喜びである。
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名称/「芝さつまの道」:芝3丁目東地区再開発地区(セレスティン芝三井ビルディング、中央三井信託銀行本店ビル、芝パークタワー)所在地/東京都港区芝3丁目23-1(JR田町駅より徒歩7分)施主/三井不動産、中央三井信託銀行 竣工/平成14年5月 総合監修/K.M.G.建築事務所 ランドスケープデザイン/上山良子ランドスケープデザイン研究所(上山良子、伊藤善康、柳原博史ほか)建築設計/日本設計(セレスティン芝三井ビル)、竹中工務店(中央三井信託銀行本店ビル)、鹿島建設(芝パークタワー)照明デザイン/伊藤達男照明デザイン研究所 カラーコーディネート/吉田慎悟(カラープランニングセンター)
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緩やかにながれる「風の軸」(左上)は1:2の畳のモデュールで敷き詰められた石畳を南北に刻し、記憶の紋様が趣を添えている。「座のオブジェ」はどこにでも座れる歓待のしつらえである
薩摩藩上屋敷の古地図が刷り込まれたガラスのミュージアム。黒と白のガラスの彫刻(西川慎作)が「時の記憶」の演出に一役かっている
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