「歴史まちづくり法」とは平成20年5月23日に公布された「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」(法律第40号)の略称である。この法律は与野党のきびしい対決国会のなかで、衆議院、参議院ともに全会一致で成立した数少ない法律のひとつであり、それだけ社会からの期待は大きいといえる。
この法律は、国で古都保存法制定40周年を踏まえて、その理念と成果を全国展開するための政策を社会資本整備審議会歴史的風土部会で審議した成果である。平成20年1月25日、歴史的風土部会で決議された報告(決裁を経て2月19日に答申となる)を踏まえて、平成20年1月29日、政府が閣議決定した「歴史まちづくり法案」は無修正で国会を通過した。法案審議と合わせて、歴史まちづくり推進のため

開発と保存をめぐって対立する場面があった文化庁と国土交通省が手を握ったことである。また、集落、田園景観、水路の保全・再生のために農林水産省も協調した。地方自治体、特に小規模な地方都市にとっては、地元でまちづくりを実践する際、3つの中央官庁が連携したことの意義は大きい。
第二に、旧総理府と旧建設省が取り組み、現在は国土交通省が所管している古都保存法は、明日香、奈良、京都、鎌倉の乱開発を阻止し、文化財と一体となった山並みの保全と土地買い取りを実現した。しかし、古都保存行政の対象は飛鳥時代から室町時代までの朝廷、幕府の所在地に限定されており、国の支援は全国各地の歴史的都市には及んでいなかった。
第三に、全国各地の歴史的都市では高度成長、バブル期を

跡地はマンションか商業ビルとなるのは必定である。地方自治体やNPOによる買い取りや保存活用を支援する国の財政・税制の仕組みは切望されてきた。
第五に、明治維新で解体され、戦災で焼失し、戦後の転売などにより取り壊された歴史的建物の復原は、文化財行政では制度的にも予算的にも不可能である。これは国土交通省のまちづくり行政、特に歴史公園の整備、中心市街地活性化、良質な観光振興などの一環として、復原した建物の活用・維持管理の方策を含めて取り組まなければ、とうてい実現しない。
第六に、政令市のような大都市と地方の中小都市の格差に対する都市政策としての役割である。明治以降、わが国の都市政策には歴史と文化の観点は希薄であり、優先度はきわめて低かったが、それは

税制改正が実現し、新法を踏まえた平成20年度予算も確定している。
歴史まちづくり法は文化庁、国土交通省、農林水産省が共管する法律である。全国各地の歴史的な都市、地域の市街地、集落、田園景観を保全・再生・継承するために、国が基本方針を策定し、市町村が策定した歴史的風致維持向上計画を国が認定。市町村が実施する重要文化財などと一体となった建造物の復原・再生、歴史的風致を活かしたまちなみの再生などの取り組みに対し、国が、文化財行政とまちづくり行政が連携して一体的に、手厚く、強力に支援することを目的としている。
歴史まちづくり法は次の点で、わが国の都市政策、まちづくり、文化財行政の転換となる画期的な法制度、政策である。
第一に、これまで

経て市街地の町屋が急速に失われている。文化財行政では重要伝統的建造物群保存地区の指定によりまちなみ保存が図られたが、その対象は地方の小都市が多く、開発圧力が強い地域では周囲でマンション建設など土地利用が乱れた。また、単体で保存された重要文化財の建物の周囲には歯抜けの空地が広がった。
第四に、平成16年制定の景観法により、地方自治体は景観まちづくりの推進のために法的規制と法定計画が可能となった。しかし、法的規制とルールのみではまちづくり推進は困難であり、国の財政・税制の支援が必要不可欠である。例えば、文化財の指定は受けていないが由緒のあるまちなみにおいて重要な建物が、廃業や相続のために土地建物が売却されようとした場合に、建物が取り壊され、

経済発展のためにやむを得ない部分もあった。しかし、経済成長と単体住宅の水準をある程度は達成した今日、最も必要とされる都市政策であり、真に必要とされる地方都市に対する公共事業とは、歴史と文化を尊重した歴史まちづくりの推進である。これは地方都市に誇りとプライドを再発見し、再構築することでもあり、地方都市を支えている農業、漁業、地場産業、伝統工芸、祭り、自然環境を維持して、ひいては日本という国のブランド価値を高めることになる。
わが国の都市の多くは1600年前後に成立しており、約400年の歴史を有している。金沢、萩、高山、犬山、弘前、倉敷など著名な歴史都市に加えて、地方のきらりと光る宿場町、港町、漁村にいたるまでこの新法が契機となって歴史まちづくりの機運が高まることを期待したい。