情報誌「ネルシス」 vol.1 2000

P-02 [SPECIAL REPORT]環境デザインの現在 藤田治彦(1)
P-23 [CONCEPT MESSAGE]新世紀への提言 自然浴環境デザイン Nelsis
P13-22
continued from [SPECIAL REPORT]
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【バルセロナの街づくり】

1992年に開催したオリンピック・パラリンピック以前の1989年に改正された都市基準法によって、すべての公共施設には車いすがアクセスできる設備を備えなければならなくなりました。地下に幹線道路を通しその上に公園をつくるなど、人を大切にする街づくりが推進されています。
Photo by Asa Kitamura
もともと雨が少なく、過ごしやすい地中海気候。街のいたるところに設置されているベンチは、屋外でのコミュニケーションを大切にするバルセロナの人々にとってなくてはならないエレメントです
街角のちょっとした空地は「立入禁止」にするのではなく、駐車防止のためのフラワーポットのみを設置した憩いの空間へ 市内のほとんどのバス停はシェルター付き。強い日差しから守ってくれます 早くから導入されたノンステップバス。立地条件が悪いバス停には、容易な乗り降りのためのプラットホームがついています
■バリアフリー
今日、工業国、農業国の違いを越えて、このように追究されつつあるのがリサイクルを考慮したデザイン、あるいは「ゼロ・エミッション」のデザインであり、環境ボランティアたちは国境を越えて活躍していますが、この地上には、国境よりも越えにくい、小さなボーダーやバリアが無数に存在しています。具体的な例をあげれば、小さなこどもやお年寄り、あるいは障害をもつ人などには越えられない階段の大きな段差等であり、例えば、それを考慮した家を「バリアフリー barrier free」住宅と呼んだりします。
しかし、その言葉が意味するのは、いうまでもなく段差をなくすことだけではありません。「バリアフリー」は、弱い立場にある人々が、社会のなかで生活を営む上で妨げとなる身体的・精神的な
障壁を取り除こうという理念を表す言葉です。この「バリアフリー」は、障害をもつ人でも、ひとりの市民として普通に暮らせる社会づくりをめざそうという、「ノーマライゼーション normalization」の理念に基づいています。

■ノーマライゼーション
「ノーマライゼーション」は障害をもつ人が特別視されることのない社会や生活環境をつくる運動であり、いわば、障害者を考慮にいれずに成立している社会こそが異常であり、 障害というものはむしろ社会環境がつくっているのだ、という理解に基づいています。
「ノーマライゼーション」は1960年代に北欧で始められた運動でした。アメリカや日本などの先進工業国が、公害など、物理的環境の異常に気付き始めたころ、
デンマークやスウェーデンのような北欧の社会福祉、社会保証制度の先進国では、社会的環境の異常が問題になっていたのです。1960年代は、二重の意味で、環境の発見の時代でありました。
経済大国で先進工業国のひとつである日本は、「ノーマライゼーション」後進国です。「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築促進に関する法律」である通称「ハートビル法」が施行されたのは1994年になってからのことです。この法律によって、不特定多数の人々が利用する病院、劇場、集会場、百貨店、ホテルなどの公共性の高い建築物を、ハンディキャップをもった人々が円滑に利用できるようにするための建築的基準が、ようやく定められたのでした。
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海岸沿いにあるリトラル公園。敷地内に縦断する幹線道路は地上レベルから掘り下げた低い位置にあります。街と海を視覚的に遮断しないばかりか、安全な道路の横断を車の騒音も少なくする効果があるこの工法は、街全体で採用されています
広場の一画に設けられた、こどもが自由に遊べるアートオブジェ的な遊具 車いすでも砂浜までアクセスが可能なボードウォーク。もちろん無料のシャワーも利用できます
     
住宅ゾーンの立体地図。弱視・盲目者が販売する宝くじの発行組織「スペイン盲人協会」が、その収益で設置したもの
住宅ゾーンにある広場のひとつ。床面は完全といえるほどにフラットな仕上がり。ベンチやアート、噴水が配されています
オリンピック村メイン道路の縁石。歩道と車道の段差をなくすため、縁石だけを持ち上げて車の進入を防いでいます
■ユニバーサル・デザイン
「ハートビル法」に準拠した公共的建築物は、障害をもつ人のためだけに設計されたのではなく、障害のある人もない人も区別なく、できるかぎり多くの人が共通に使えるように設計された施設です。このような設計を「ユニバーサル・デザイン universal design」と呼ぶことがあります。例えば、鉄道駅などに備えられた車いす対応型のエスカレーターが、「バリアフリー」とまではいかないものの、バリアを低減するものであるのに対して、駅のエレベーターは、同法施行以前から使われている「ユニバーサル・デザイン」の一例です。その理念上、「ユニバーサル・デザイン」は、障害のある人もない人も区別なく、便利に使える物や施設や空間のデザインをさすわけですから、車いす利用者の使用時に一般歩行者が一時的にでも利用できなくなるエスカレーターは「ユニバーサル・デザイン」とはいえません。だからといって、エレベーターが設置されてさえいれば、それは「ユニバーサル・デザイン」の駅だといえるわけでもありません。エレベーターの位置が遠くてわかりずらかったり、そこに至る途中、
点字ブロックが必要な視覚障害者や車いす利用者にとってはやや危険な場所があったり、ようやくたどりついたかと思うと、点字シールの位置や記載内容に問題があったりすることも時としてあります。
「バリアフリー」のデザインと「ユニバーサル・デザイン」とは、少なくとも日本では、概念上厳密に区別されているとはいえません。例えば、車道と歩道との段差をなくすか、その継ぎ目を車いすなどでも楽に通過できるようにした舗道は「バリアフリー舗道(歩道)」と呼ばれています。これなどは、車いす使用者やお年寄りにとっての障害を取り除いたというだけではなく、その他の人々にとっても自転車を降りずに車道から歩道へ、そして再び車道へと行けるといった利点こそあれ、大きな不便を生じさせているわけではないのだから、むしろ「ユニバーサル・デザイン」の一例です。(ただし、最近多い、止ることを知らぬ自転車が歩行者等の迷惑にならぬよう注意してほしいものです)。 国が補助金を出している地方自治体などの予算が適正に執行されているかどうかを検査する会計検査院が、最近、この「バリアフリー舗道」の
過半数が危険だと指摘しました。歩道を車道に向かって次第に緩やかに下げている舗道なのですが、歩道を行く車いすが実際にその「バリアフリー」部分を通過しようとすると、その車体が自然と低い車道側に向かってしまい、容易にもとのコースに戻れず、危険だというのです。早速、建設省はより適切な基準づくりにのりだしました。適切な基準が示されるのはもちろん望ましいことですが、それがマニュアル化してしまい、傾斜角度その他の数値だけがひとり歩きした「バリアフリー」施設や「ハートビル法」認定施設がつくられるようになるのは怖いことです。「バリアフリー」「ハートビル」といったカタカナ語が、エッチングされた真新しいメタルプレートが埋め込まれた施設で、車いすが立ち往生しているといったような光景が現実のものとならないようにするには、無責任な手引き(マニュアル)化ではなく、その施設をつくるひとりひとりが責任をもって―実際には機械生産、機械施工ではあっても―精神としては、ひとつひとつ手作り(ハンドメイド)化することです。
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「環境保護」あるいは「環境保護思想」を意味していますが、これは一種の新語です。その言葉自体はすでにあったものですが、その場合は、人間をはじめとするすべての有機体の存在状態の類型は環境によって因果律的に決定されるという「環境論」、つまり「環境決定論」の思想を意味するものでした。あるいは、遺伝と環境を対立概念とし、後者を重視する「環境主義」です。現在、かなり知られるようになっている「環境保護思想」としての「エンヴァイラメンタリズム」は、1960年代以来のエコロジーの大きなうねりの下で、湖底の毬藻のように、時とともに育まれてきた言葉なのです。以上のような「リサイクル」「ノーマライゼーション」「バリアフリー」「エンヴァイラメンタリズム」といった概念のほとんどは、行政や生産者の側から出たものではなく、消費者あるいは市民運動のなかから生じたものでした。「ゼロ・エミッション」と「ユニバーサル・デザイン」は、むしろ生産者ないし制作者の側から広がった概念ですが、それぞれ「草の根」的な環境思想や社会福祉思想に共鳴した産業家と建築家の発想になるものです。“図”が“地”に勝る時代には影の存在であった《環境》は、いま世界を変えつつあります。
20世紀の環境思想そしてボランティア思想のゆりかごともなった、環境保護のための先駆的市民団体、イギリスの『ナショナル・トラスト』の歴史の概略と現状に触れて、本論を結ぶことにしましょう。
■エンヴァイラメンタリズム
 《環境》の名を冠すれば、いま私たちが大切に(あるいは問題に)しようとしている環境を対象にしたことになるのかというとそうではありません。現在もっとも一般的に用いられている「エンヴァイラメント」という言葉が《環境》を表わす言葉として定着したのは、欧米(英米)でも1960年代前後からのことであり、それまでは「サラウンディングズ」などがほぼ互換性のある言葉として用いられていました。とはいえ、かつての日本ではそうだったのですが、「スペース」が「エンヴァイラメント」と互換的に使われて
いるような例は欧米ではほとんどありません。《環境》は、あくまでも、まずそこに何らかの生活体があって、それが行動すべき場所の総体を意味します。《空間》は、それに対して、同質的で連続的な三次元の広がりなのです。高度経済成長期のピークにあった日本では、建築設計の規模の拡大がそのまま都市の設計であり、環境設計なのだと受け取られていた一時期があったといって過言ではありません。
欧米では、近年「エンヴァイラメンタリズムEnvironmentalism」といった言葉も使われています。
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【ヴェルリッツ庭園国家】
ザクセン・アンハルト州デッサウのエルベ河畔に18世紀に生まれた庭園都市。数百km2に及ぶ全様は庭園の集合体でもあり、庭園部と都市・田園部との景観の断絶がなく、牧歌的な光景が地平線までつづいてゆきます。レオポルド3世とF.エルドマンスドルフらにより、環境、教育、芸術などを啓蒙主義的な理念のもとに総括したランドスケープワークの試みでもあります。東西ドイツの統一後、この旧東地区にあるヨーロッパ大陸最大とも言われる英国式庭園の全貌が公開されることとなりました。  by T.Shiobara
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【シシングハースト Sissimghurst Castle Garden ケント】

庭の国イギリスのなかの庭ともいわれる州、ケントを代表する名園で、ホワイト・ガーデン、ローズガーデン、コテージ・ガーデン、ハーブ・ガーデンなどからなります。古色を感じさせますが、エリザベス女王時代の塔など、いわば遺構を甦らせた20世紀の庭園です。
by H.Fujita
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【スタウアヘッド Stourhead ウィルトシャー】

いわば回遊式ですが、日本庭園にはない壮大さをもつウィルトシャーの風景式庭園です。人造湖のかなたに見えるパンテオンやアーチ造の石の橋など、17世紀の風景画家、クロード・ロランが描いたような要素をちりばめています。 by H.Fujita
■環境の保護と新しい社会
 《環境》の語を旗印とはしませんでしたが、環境保護の「エンヴァイラメンタリズム」を先導した代表的組織のひとつがイギリスの『ナショナル・トラスト』です。正式には「歴史的名勝および自然的景勝地のためのナショナル・トラスト The National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty」といい、民間から基金を募り、または寄贈を受けて、貴重な自然環境や歴史的環境を保存管理して公開する市民運動として始まりました。これが、いまでは環境保護運動の代名詞のようになって、日本を含む全世界で使われ、枚挙しきれないほどの数の『ナショナル・トラスト』が世界各地に運動あるいは組織として存在します。
本家イギリスの『ナショナル・トラスト』は1895年に生まれ、創設からすでに1世紀を経ており、その会員数は1998年に260万人を越えました。私のような海外会員をも含めた数字とはいえ、イギリスの人口が5800万に満たないことを考えれば、その割合は非常に高いのです。しかも、前年に比べ3.4%
【パックウッドハウス Packwood House ウォリックシャー】

美しい薔薇の生垣などで知られるウォリックシャーの名園です。背景をなす西洋いちいの庭はキリストがガリラヤ湖畔の山上から弟子たちに正義と愛について説いた「山上の垂訓」を表現したとされます。 by H.Fujita
増というのですから、イギリス人の20人にひとりが『ナショナル・トラスト』の会員という時代は目前です。自然保護地域などを含む400箇所を遥かに越える学術研究上の価値を有する地域、162の歴史的邸館、183の庭園と93の風景式大公園など、『ナショナル・トラスト』 の所有地総面積は24万ヘクタールにのぼります。そのなかには、ストウやシシングハーストといったイングリッシュ・ガーデンの数々の名園や、ウィンストン・チャーチルをはじめとする著名人ゆかりの家々も含まれています。その運動の広がりと力強さをもっとも
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【シシングハースト Sissimghurst Castle Garden ケント】
実感させるのは、何といっても保有海岸線の長さではないでしょうか。1965年に始められたネプチューン計画によって『ナショナル・トラスト』の保護下に置かれた海岸線の全長は575マイル(約925キロメートル)で、スコットランドを除くイギリス全土の海岸線の18パーセントを占めています。東京から広島までの新幹線営業距離がおよそ894キロメートルであることを考えれば、その運動のスケールの大きさがわかります。『ナショナル・トラスト』は環境保護運動であるとともに、21世紀の新しい社会のあり方を示す運動でもあります。
【ストウ・ランドスケープ・ガーデンズ Stowe Landscape Gardens バッキンガムシャー】

いまではイギリスを代表する風景式のバッキンガムシャーの名園ですが、形式庭園を改造したもので、所々シンメトリーのなごりを感じさせます。パッラーディオ式とされる屋根のある石橋など、さまざまな人工物が随所に散在し、緑の自然と好対照を成しています。 by H.Fujita
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【「壁」跡地の再開発】

「壁」が開放され首都再建が進むベルリンは、来るべき欧州連合時代に備え都市全体がバウシュテレ(工事現場)と化しています。「壁」跡地のポツダム広場はベンツやソニーの再開発プロジェクトによって、かつての黄金時代が蘇ろうとしています。「壁」は半世紀にわたってドイツを東西に隔てた歴史的な障壁として、都市という身体とそのコミニュケーションを断絶させ続けました。その障壁は不可抗力ではなく人間の意識的な策略でしたが、今それから開放され真の自由な環境を得ようとしています。 by T.Shiobara
 
■《環境》は世界を変える
《環境》という言葉は、私たちが近代社会に生き始めて以来(日本では明治維新以来)未解決だった問題に数十年前に最終的に直面して、多かれ少なかれ、数ある候補のなかからまず語感で求められ、その後、激動の現代史のなかで少しづつその意味を確定していったものです。英語の「エンヴァイラメント」などの場合も同様であり、語源学的に確定できるものではありません。それは、それぞれの領域で探究を続けるさまざまな分野の人々の対話の結果であり、
その理念とデザインをめぐる探究と対話は、一般市民をもその輪に含めて、いまでも続いています。
「エンヴァイラメント」―日本では《環境》―という言葉は、洋の東西を問わず、次第に一種の流行語にもなり、環境問題が深刻さを加える20世紀末には、それがニュースから消える日をまちたいほど、社会に定着した言葉になりました。しかし、《環境》という言葉は、単に流布しているだけではなく、明らかに私たちの世界感覚を変えつつあります。それは、地球規模で考えることの重要性と、私たちひとり
ひとりの日常生活の意義とをともに自覚させます。そして、その大きな宇宙と個人の世界の小さな宇宙とが直接につながっていることをもっとも強く感じさせる言葉なのです。その《環境》という概念を大切にしたいと考える人々の多くが、そして《環境》にかかわるすべてのデザイナーがいま強く望んでいることは、その《環境》という言葉を、生命感の欠けた守りだけの言葉にはしたくない、ということでしょう。

《環境》は、世界を変える。
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