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情報誌「ネルシス」 vol.10 2009
P06-09
小泉総理時代、観光交流人口の拡大によって日本の再生を目指す「観光立国」という方針が示されてから5年後の2008年10月、「観光庁」が国土交通省に誕生した。
観光庁のホームページトップには、2010年までに達成したい目標数値が掲げられている。「訪日外国人旅行者数1000万人、日本人の海外旅行者数2000万人、国内における観光旅行消費額30兆円、日本人の国内観光旅行による1人当たりの宿泊数4泊、わが国における国際会議の開催件数5割増」
ここでは、観光庁発足の準備段階から体制づくりにかかわってこられた水嶋智・観光資源課長(当時)に、観光庁発足の意義と日本再生の可能性についてお話をうかがった。
「観光庁」が誕生した理由
以前の観光行政は、国土交通省のなかで総合観光政策審議官をトップとするチームが中心となって担当していました。20 06年「観光立国推進基本法」という法律が策定され、国全体として官民を挙げて観光立国の実現に取り組む方針を決めました。それに合わせて行政の体制も整備したほうがいいということで2008年10月に「観光庁」という役所が誕生したのです。
観光庁発足の意義は主に以下の3つになります。
@諸外国に対する発信力を強化する
A関係省庁がバラバラに推進している観光政策に対して、縦割りを廃しリーダーシップをとっていく
B地域や国民に対して、観光に関するワンストップ窓口になる
「観光庁になって何が変わったのか」と問われることがよくありますが、観光庁の存在によって、観光が国民生活にとってたいへん重要であるということを国民に明確に認識してもらえるようになったのが大きいと思います。
旧運輸省が国土交通省に移行した当時、観光行政を担当していた職員はわずか
60人くらいでしたが、現在はほぼその倍の120人になっています。私自身この仕事に就く前は、観光は航空行政や鉄道行政と同じような行政分野のひとつという認識でしたが、勉強していくうちに、観光のもっている大きな可能性に気づかされました。今では日本の地域社会に活力を取り戻すための重要なキーワードになると思っています。
人が動いて、そこで交流が生まれる。需要を生み出し、それを地域の活性化につなげていくことが観光の本質だとすれば、観光行政的目線というのは国土交通省のどの部局でも
意識しなければいけません。むしろ霞が関全体が観光行政的な問題意識をもたなければならない時代になるだろうと思います。
「観光まちづくり」の時代
最近感じるのは、観光業界の人たちが「観光まちづくり」と言うようになり、また、まちづくりをやっている人たちも訪れる人を意識するようになってきた。「まちづくり」と「観光」が重なってきたということです。観光立国では「住んでよし、訪れてよしの国づくり」をキーワードにしています。そこに住んでいる人たちが誇りをもたないと誰も来ないですよね。逆に、
外から来る人だけを意識した地域づくりではフィクションで終わってしまう。「観光」の語源は、中国儒教の『易経』にある一節「観国之光、利用賓千王」からきているといわれています。「国の光を観る」ということは、まさに住む人々が誇りをもって地域の光を示すということなのです。
観光とまちづくりは今かなり歩み寄っています。インフラを整備するときも、誰に使ってもらうのかを意識しないと支持されません。例えば道路局は電線の地中化を推進していますが、事業の採択に当たっては、観光を考慮事項のなかに入れてくれています。インフラ整備を担当する部局も意識が変わってきているのだと思います。
観光庁の予算は、2003年50.1億円、2004年58.2億円、2005年63.2億円(日本政府観光局への運営費交付金20億円を含む)で、ほかのアジア諸国、例えば2000年の韓国120億円、台湾155億円に比べたら少なすぎるという話があります。しかし、各省庁合計で観光に使える予算を合わせると2000億円ほどになります。私たちがよく言っているのは「他人のふんどしで相撲をとれ」で、同じような補助事業ならば管轄をまたいでどんどん活用していこうということ。各省庁のメニューを一覧表にし、観光庁やその出先の運輸局がワンストップ窓口として機能していく取り組みも始めています。
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観光資源課の役割
観光地域振興部のなかの観光資源課は全部で16人。地域固有の資源を発掘して情報発信し、そこに交流を生じさせ地域社会に活力を取り戻す、そのお手伝いをするのが観光資源課の仕事です。主人公はあくまでそれぞれの地域ですから、観光資源課が個別の観光資源について直接テコ入れするということはありません。
人材育成は、われわれが力を入れてやっているところです。地域の資源を磨いてビジネスにしていく担い手を育成すること。観光地域振興で
悩んでいる人たちをネットワーク化して必要な情報をお互い交換したり、先進事例のノウハウを提供したり、制度的な問題があればそれを解決するなどして、支援していくことが国の使命です。
人材に着目したプロジェクトのひとつ「YOKOSO! JAPAN大使」は、外国に対して日本の魅力を発信している人をYOKOSO! JAPAN大使として任命し、国民の皆さんのお手本になってもらおうというもので、2009年で49人の方々を任命しています。
そのなかの一人に、セブン銀行代表取締役社長の
安斎隆さんがいらっしゃいます。現在、海外からの渡航者は日本の銀行でクレジットカードを使って円を引き出すことはできませんが、唯一、セブン銀行ではできるようになっています。セブン銀行は国のためにしているわけではなく、コンビニ競争時代を生き抜くマーケティング戦略のひとつとして取り組んだことですが、外国人にとってはよりフレンドリーなシステムです。ちなみに海外では、すでにこうした環境は整っています。
ビジネスの側からみても、外国人を取り込んでいくことは、日本の先細りしていく需要を
拡大するチャンスにもなります。民間で行われた先進的な事例を奨励し、ネットワーク化することはとても大切です。予算や許認可というハードなアプローチもありますが、ソフトなやり方で社会全体を方向づけしていくことも重要です。
観光地域プロデューサー
地域のよさを、地元の人だとわからないことが多々ありますね。当たり前になりすぎていて気がつかない。あるいは、こういうことをすれば地元はもっと
よくなると思っていても、しがらみが多くてできないこともある。
観光地域づくりのキーワードとしてよく言われるのは「よそ者、若者、バカ者」が必要だということです。第三者の視点をもつよそ者。既成概念にとらわれず、恥をかくことを恐れない若者。人にばかにされても気にせずがんばるバカ者。こういった外からの力を借りたほうがいい場合もある。「観光地域プロデューサー」モデル事業は、外部の専門家を人材としてプールしておき、要望があれば必要な地域に必要な人材を派遣する事業です。
この事業では、2007年度に5地域、2008年度に3地域へ派遣しています。
千葉県の事例では、採石場があった富津市金谷地区の人たちが、学生時代からイベントプロデュースをしていた北海道在住の二十代の若者を指名しました。若者は放置されていた農協の建物を「石の舎」という観光案内所に改装し、そこを中心に、地場産品の直売や荷物預りなどさまざまな業務を展開しています。今では年間2万人が利用しているそうです。
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日本の観光が変わってきた
最近の若者は旅行をしなくなったといわれています。バーチャルな感動を超えた本当の交流や触れ合いがないと、快適な家の中から出ようとしないのが現状です。現象面からみると、団体旅行から個人旅行へと変わってきています。JTBの旅行雑誌『るるぶ』の語源は「見る、食べる、遊ぶ」だそうですが、最近の旅行は「体験する、交流する、学ぶ」という要素が重要だといわれています。日本人の旅をする動機に少し変化が出てきているのだと思います。
そういう需要の変化を、供給者側はちゃんと捉えなければいけない。例えば、伊豆の古い旅館で、かつて宴会場だった大広間をNゲージの鉄道模型を走らせる部屋に改装した。そうしたら鉄道ファンで1年先まで予約がいっぱいになった。ものすごくニッチな世界です。「こういう人に来てほしい」というのは、地域の戦略としてあったほうがいいと思います。
また、アンケートを取ると「外国人観光客が増えるのはいやだ」という声が観光関係者の間でもいまだに多く、外国人でなくても観光客が地元にあふれると環境がダメージを受けるといって嫌がります。確かに
これまでの観光は、地域の環境に対して収奪的だったことが多々ありました。これからの観光は環境に配慮しないと、持続可能な関係にはなり得ません。
日本版バカンス政策は
可能か?
いま「ワークライフバランス」などといわれていますが、観光のパイ全体を大きくしていこうというのであれば、日本人の休暇の在り方や、働く時間と余暇のバランスを変えなくてはいけません。企業には有給休暇を取得しやすい環境をつくってもらわないといけないし、
学校にも休みを付与することへの柔軟な姿勢が求められます。
日本人の旅は正月とゴールデンウイークとお盆に集中する傾向があります。そういうことでは観光客を受け入れる側で健全な競争が行われないし、サービスの質も上がらない。ピークをならすことで需要と供給のバランスがよくなり、過剰な設備投資を避けることもできます。
先進国の多くが加盟しているILO(国際労働機関)の第132号条約は「労働者には2週間以上の連続休暇を与えなければいけない」という内容ですが、日本は批准していません。勤勉を美徳としてきた日本では、
長期休暇は必ずしも歓迎されてこなかったのかもしれない。年休の消化率では、ヨーロッパ諸国が100%に近いのに対して日本は40%台です。付与日数は決して少なくないのに消化率が悪い。
観光立国を進めていくうえでは、休暇を取って旅に出かけるということは日本の経済成長にとって決してマイナスではなく、むしろ新しい産業分野を育成することになり、製造業に従事している人たちにとってもリフレッシュして生産性の向上につながるのではないか、と情報発信しています。とにかく全国民的な課題なので、産業界、労働界に理解していただき、
学校の休みや親の休暇については観光庁だけでは難しい課題ですので、政府全体でこうした議論ができないか検討中です。
チャンネルの多元化が重要
日本の魅力は多様性だと思います。自然も文化も多様であること。伝統と新しいものの幅の大きさも、外国の人からいわせると魅力のひとつです。私は一時期フランスに住んでいましたが、パリのシャンゼリゼ通りにある大型書店では一番人気がマンガコーナーでした。置かれている半数が、フランス語訳された日本のマンガです。そこで
みんな座り読みしている。フランス人が日本語を勉強する最大の理由のひとつは、日本のマンガを原語で読みたいということです。日本の新しいポップカルチャーに多くの国の人が魅力を感じているのです。
中国大陸から朝鮮半島を経由して日本という島国が終着点になっているので、さまざまな文化が醸成され濃密化している。鉄道はイギリスが発明したシステムですが、鉄道大国は間違いなく日本です。ほかで発明されたものを自分たちのものにしてしまう応用力、加工力は日本がダントツですごい。それがいろいろな面で開花していると思います。
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日本のもっている文化や魅力を情報発信することによってチャンネルを多元化しておく。国際社会のなかで無関心というのが一番の弱点ですから、文化や観光という交流を通じて日本に対する認知度やシンパシーのレベルを上げていくことは、ものすごく大事です。
数年前、政治的には日本と韓国間の緊張は高まっていましたよね。現在の日韓の外交関係は安定していますが、その理由は単にその後政権が
変わったからというだけではなくて、草の根の交流の活発化もたいへん大きな要素だと思います。ペ・ヨンジュンに代表される韓国の大衆文化に日本の女性たちが熱狂しているのを見て、韓国の人たちの日本人に対する見方が変わったといわれています。2007年は260万人の韓国人が日本に来てくれました。日本人が韓国へ行く割合の、なんと3倍です。
中国でも日本の魅力を評価している人は多く、
大都会東京に水と緑が多いことに彼らはびっくりします。
経済危機をチャンスに
政府で新しい役所ができたのは8年ぶりです。観光庁は予算と許認可はあまりないのですが、売りは3つあります。1つ目は「理念」で、明確なビジョンをもっています。2つ目は「情報」で、いろいろな知恵の蓄積を行っている。
3つ目はそれを生かす「ネットワーク」です。全国の自治体や地域づくりにがんばっている人たちと、かなりのネットワークをつくってきました。私たちはこの3つ、「理念」「情報」「ネットワーク」で、日本の社会を元気でにぎわいにあふれた国にしていきたいと思っています。
フランスもアメリカも、1930年代の大恐慌の時期に文化振興策をやっています。どこの国も、
経済危機のときであればあるほどおもしろいことをやっているんですよね。産業構造を変えていくということです。第二次産業に過度に依存した地域づくりは脆弱です。いま、ヨーロッパのマクロ経済のダメージというのは、ドイツとフランスを比べてみた場合ドイツのほうが深刻で、フランスのほうが軽傷だといわれています。ドイツは日本と産業構造が似ていて、第二次産業と輸出中心です。
フランスは産業構造がもう少し多様化していて、農業や観光、文化が強い。こういうときにこそ、産業構造の多様化を図ったほうがいいと思います。
これからは、せっかく国土交通省のなかに新生「観光庁」ができたのだから、新しい行政のスタイルを示すことによって国土交通省、あるいは霞が関全体が元気になり、引いては国全体に活力が戻ることを期待しています。
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