情報誌「ネルシス」 vol.10 2009

P-06 [インタビュー]「観光まちづくり」による日本再生の可能性
P-14 日本独自の演出で世界に通用するリゾートを目指す

P10-13
目次
日本独自の文化を体験する

2008年、「庵」によって再生した京町家「三坊西洞院町(さんぼうにしのとういんちょう)」。明治18年に建てられた数寄屋風の家屋で、家主が芸術家であったため、和洋折衷のアトリエ空間があった。そこをゆったりとしたリビングにし、ソファとロッキングチェアを置いて、くつろぎの空間にしている。
「庵」では、昔の美しさを残しながら、現代生活になじむ快適さを加えて町家を再生している
京の町家を再生し、伝統家屋の美しさを伝える
平成20年度の観光庁・YOKOSO! JAPAN大使に任命されたアレックス・カー氏率いる「庵」は
外国人旅行者が京都の伝統的な町家に滞在体験できるようにと、古くなって
取り壊されそうになった町家を借り上げ、修復して、すばらしい宿泊施設に再生している。
再生された町家は京都市内にすでに10カ所。
どこも、伝統的家屋がもつ独特の陰影としっとりした風情を楽しむことができると、評判になっている。
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勾配のきつい山の斜面に家屋が点在する東祖谷の風景。2007年に篪庵トラストを設立し、かやを育て、かやぶき屋根のふき替えを手伝っている
(写真提供:リンク・コミュニティデザイン研究所)
町家再生からまちおこしへ
展開する「庵」の活動
「庵」の拠点は、京都市下京区の筋屋町にある町家の裏手を事務所として使っている。その奥には広い能舞台を備えた2階建ての研修施設があり、ここで、茶道、書道、能、狂言など伝統文化の体験研修が行われる。
長崎県・五島列島の北端にある小値賀町は豊かな自然が残る漁村。近年、国際的なアイランドリゾート地になることを目指し、島を挙げて観光化に努めている(写真提供:庵)

施設内の壁にはローラ・ブッシュ元アメリカ大統領夫人が書道を体験している写真が飾られていた。
 日本文化を世界に伝えるこの「庵」は、東洋文化研究者アレックス・カー氏の「美しい日本を次世代に残したい」という熱い思いから、2003年に株式会社として設立された。その主な取り組みは、京都の町家を再生し滞在してもらう「京町家ステイ事業」と「伝統文化体験研修事業(オリジン・アートプログラム)」、
観光まちづくりのコンサルティング事業の3本柱だ。アレックス氏を含む発起人3人のほかに、現在、20人のスタッフを抱え、フル稼働している。
 最近、特にアレックス氏が力を入れているのが、奇跡的に残っている日本の古民家や町家の再生を軸とした観光まちづくりだ。すでに動いているプロジェクトは、徳島県の三好市東祖谷、奈良県の五條市、長崎県・五島列島の小値賀町の3カ所。
 祖谷は、1971年、
アレックス氏が大学生のとき日本一周の旅の末にたどりついた桃源郷だ。すでに多くの家が放棄されていたが、勾配のきつい山の斜面に、まるで仙人のように人々が住んでいる風景に魅了され、築300年の古民家を購入。この家を、「篪庵」と呼び、地域再生の交流拠点としている。2007年に篪庵トラストを設立し、残された古民家の修復にとどまらず、持続可能な地域再生に取り組んでいる。
 五條市の新町通りは

旧紀州街道で街道沿いには今でも江戸時代の家屋が100軒以上並んで残っている。そのうちの4軒を「庵」のプロデュースで修復し、2010年春に滞在を楽しむ町家としてオープンする予定だ。
 また、小値賀町は五島列島の北端にある離島群で、豊かな自然が残る漁村。隠れキリシタンが移り住んだという近くの野崎島は、明治期に建てられた教会堂が修復され、絵画のような風景が残っている。
2007年度の「ピープルトゥピープル」(*)において400人の高校生を受け入れ、2年連続世界1位の評価を獲得。また都市と農山漁村の共生・対流推進会議による第6回オーライ・ニッポン大賞でグランプリを受賞し話題になった。「庵」では、アレックス氏が観光まちづくり大使として、古民家再生プロジェクトをスタートさせている。こうした地域再生のプロジェクトは、「庵」から持ちかけることはなく、すべて地域からの申し出だ。
それが健全なまちおこしの姿だとアレックス氏は語る。
 設立から7年目を迎えて、観光資源創出に貢献する彼らの活動は高く評価され、日本各地から協働の依頼が舞い込んでいる。彼らのノウハウで「美しい日本」が少しでも再生されることを願ってやまない。
*「ピープルトゥピープル」とは、50年以上の歴史をもつ世界最大級の国際旅行派遣団体で、異文化交流を目的に毎年5万人を超える若者を世界各国に派遣している。

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「観光まちづくり」を 国家的な取り組みに 「庵」 取締役会長 アレックス・カー氏(談)
Q.「庵」は町家再生だけでなく、伝統文化の体験プログラムも実践されていますが、どんな思いから始まったのですか。
私は昔から日本の古い家屋が好きで、学生のときに四国の祖谷に古民家を購入するほどでした。京都では90年代だけで4万軒以上の古い木造家屋がなくなっています。京都の人は京都が嫌いなんだと思えてくる勢いです。近い将来、日本はある線を越えて、直しの利かないところまで破壊してしまうかもしれませんが、それをなんとかしたいのです。
 文化でも同じことがいえますね。1977年から亀岡(京都府)に空き家を見つけ、
修理して住んでいましたが、ここで、ある宗教法人の「外国人に日本文化を教えるプログラム」のお手伝いを20年間やりました。もともと日本文化に深い興味をもっていたので、ここのプログラムが優れていることに感心しました。ところが、私の生活拠点がタイに移ったと同時にスクールが閉鎖されてしまったのです。それがとても残念で、いつか民間で復活させたいという気持ちがずっとありました。ですから「庵」設立の段階から、町家再生と伝統文化の体験プログラムは、車の両輪のような関係でスタートさせています。
 私たちのプログラムでは、能の形がもつ意味や、幽玄の世界などをわかりやすく解説し、
ある程度理解できた段階で、舞台を観てもらいます。すると、彼らは釘づけになったように見入ってしまう。それは外国人だけではありません。日本人にもそうした紹介が必要だと思います。しかもごくごく簡単に、1、2時間で体験できる範囲でやっています。「お屋敷の中を全部案内することはできないが、入口のドアの鍵だけは渡してあげる」ことを目指しているのです。プログラムを受けるのは9割が外国人ですが、海外に出向く日本の社会人が受けるケースも増えてきました。今年の夏は「ピープルトゥピープル」でアメリカから高校生が2000人ほど来て、「庵」のプログラムを受けて、とても喜んでもらいました。

Q.「庵」は、美しい日本を次世代に残すことを目指しておられますが、これからの日本には何が必要でしょう。
日本は、世界の先進国のなかでも桁外れなずれ方をしていると思います。理由はいろいろありますが、国の発展を公共工事に依存しすぎてしまった。同時に、その技術が古いまま遅れてしまったということです。たとえば道路をつくる際も、欧米では、できるだけ自然環境を壊さないでつくる技術が進んでいます。箱ものの管理・運営・経営というソフトの面においても、日本は欧米に40〜50年遅れています。日本は各分野において、いったんできあがったシステムがなかなか変えられないですね。
 特に地方は、公共工事という大きな津波で、農業・漁業・林業すべてが流されてしまった。日本のGNPに対する国債の割合はアメリカの約5倍です。ようやく最近になって、公共事業が3割ほど減りましたね。これ以上公共工事が増やせないとなると、高齢化、過疎化している地方は悲惨な状況です。そのなかで「観光」は最後の救いといえるでしょう。しかし、これこそ日本が遅れをとっている産業です。製造業が急成長した時期、観光業は取るに足らない産業だった。欧米やアジア諸国が観光促進のために高度な基盤整備を進めているときに、日本は京都を破壊していたわけです。
 欧州ではもっと早くに地方の「リサイクル」を
しています。欧州でも日本と同じように地方からの若者流出を止められないのですが、外部から入ってくる工夫をしています。ロンドン郊外のコッツウォルズは昔ながらのかやぶき屋根の家屋があり、懐かしい風景を残していますが、住人のほとんどはロンドンに通うサラリーマンです。休日だけ牧場を手入れしたりしている。つまり中身が入れ替わっているのですが、風景は保たれています。
 結論としては、健全な観光で、初めて日本の田舎が立ち直ると思っています。全国的には無理かもしれませんが、まだ美しい自然が残っているところは可能です。いまこそ国家政策として観光業を醸成していく必要があると思います。

左/日本文化をわかりやく伝えるアレックス氏 中/伝統文化体験研修事業で学ぶ外国人 右/研修施設内にある能舞台(写真提供:庵)

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