 水面に客室と水行灯の明かりが映り、幻想的な夕景をつくり出している
 上/水辺を囲むように立つ水波の部屋。谷の集落は宿泊客しか足を踏み入れられないプライベートな空間 下/フロントなどがある集いの館前には棚田を模した設えが。緑と水の流れが清々しさを醸している
日本を代表する避暑地であり、高級別荘地として知られる軽井沢に
100年近い歴史をもつ温泉旅館「星のや軽井沢」がある。
2005年に、これまでのイメージを一新する滞在型温泉旅館のスタイルを提案。
豊かな自然のなかに日本らしさを感じさせる快適な空間は
多くの人を魅了し、今では予約が取りにくいほど人気が高まっている。
集いの館。地元信州の素材の神髄を引き出した軽井沢の日本料理を楽しめる日本料理嘉助(左)とライブラリーラウンジ
代々受け継がれてきた素質
星のや軽井沢は、1914年に生糸業を営む星野嘉助によって創られた。当時は星野温泉「明星館」と称し、湯川沿いにある土地からは弱アルカリ性の温泉がわき、源泉かけ流しの湯として親しまれてきた。北原白秋や島崎藤村といった多くの文化人も好んで逗留。夏には「芸術自由教育講習会」を開くなど、文化活動に積極的に取り組み、また、「日本野鳥の会」の創設者・中西悟堂とともに、 
避暑に訪れた都会人に自然の魅力を伝えるため、敷地に隣接する野鳥の森で自然動植物の研究活動を行うなど、星野温泉ならではの文化と自然を築いていった。その後、明星館は星野温泉ホテルと改名。増築を繰り返し、100年近い年月を経た2005年に全面リニューアル。「もうひとつの日本 谷の集落に滞在する」をコンセプトとし「星のや軽井沢」として生まれ変わった。 森と丘に囲まれ、中心に川が流れる地形を生かし、 
その水辺に沿って建物を配置したランドスケープは、高低差のため俯瞰すると谷の集落のようになっている。現・星野社長のいう「もうひとつの日本」を体感しながら、心からリラックスしてもらうために、その谷の集落に“滞在”する。それは、日本が固有の文化を大切にして近代化したら、現代のライフスタイルはどうなっていたか、という空想の世界を具現化した場所。古き良き時代に戻ったり、純和風というものではなく、機能性、利便性を損なわず現代人に 
受け入れられる、発展した日本独自の姿を表現したものだ。星のや軽井沢では、既存のホテルにはない、心地よい日本が感じられる、新感覚のもてなしを楽しめる。
本当の自然との共存
「自然と共存するというスタイルは、創業以来受け継がれてきた変わらない価値観だと認識しています。東側の森と西側の丘からなる谷間の地形は軽井沢のなかでも異空間で、 
閉ざされた非日常感があり、お客さまはそこにくつろぎにいらっしゃいます」と話すのは総支配人の吉川竜司さん。 リニューアルの際は100年先を見越して、自然と共存しながら宿を運営していくために、エネルギー循環やエコツーリズムをデザインベースにした。その考え方は徹底している。大規模な工事となったランドスケープについては、敷地内に生息していた大小合わせて約350本の樹木を1本も伐採することなくデザインに合わせて移植し、 
自然の姿を再現。素材についてもよそからもってくることはせず、この土地のものを最大限に生かした。例えば、山路地のエリアの石垣は、掘削中に出てきた石を利用。その石垣の隙間に、キセキレイが巣をつくり、滞在中に楽しめる自然のひとつとなっている。また、敷地内には自然保全を行う専門家集団による「ピッキオビジターセンター」があり、野鳥の森でのエコツアーを開催している。 
左/大正時代から使い続けられているドイツ製水力発電器 中左/ピッキオのスタッフでエコツアーの案内をしている斉藤あずささん 中右/総支配人の吉川竜司さん 右/地中熱システムを設計したエネルギー担当の松沢隆志さん
左/2009年7月にオープンしたハルニレテラス。宿泊しなくても買い物や食事が楽しめるエリア 右/谷の集落図
そして、何より驚くことは、施設で使うエネルギーの約70%を自給しているという点だ。それは創業時から引き継がれている水力発電と、リニューアル時に導入した地中熱システムによるもの。日本初の本格的な地中熱システムは、地中熱と温泉の排熱を利用し、自給しているエネルギーの約60%をまかなっている。設備投資分は、回収するまでに5年かかると予想していたが、昨今の石油高騰もあり1年8カ月という短期間で済んだ。化石燃料に頼らず、自然エネルギーを活用することはCO2の排出量を大幅に削減し、自然環境保護につながっていく。それは、軽井沢の自然を求めてやってくる人々に応えるための欠かせない取り組みであり、 
持続可能なリゾートの進むべき方向を示している。
世界中から人が集まる 日本旅館に
星のや軽井沢の稼働率は年平均で80%を超える。高原リゾートでこの数字は驚異的だ。新しくリピーターになる人は毎月予約ベースで100件を超え、リニューアル以来、10回以上訪れているヘビーリピーターも多くいるという。 「日本旅館や温泉という文化は日本が世界に誇る観光資源です。星のや軽井沢の進化した温泉旅館に楽しく滞在していただきたい。世界中から、ここに泊まるために訪れるという存在になりたいですね。 
少し時間がかかるかもしれませんが、そうなるための仕掛けを一生懸命やっているところです。今は海外からのお客さまは10%程度ですが、さらに増えることをイメージしています。海外のお客さまからは、設えは現代的だがしっかりと日本を感じさせる環境的な側面と日本人のホスピタリティを高く評価していただいています」と吉川さんは話す。 星野リゾートは、星のや軽井沢での取り組みを日本各地に広げている。2009年12月に京都嵐山、2011年には沖縄の竹富島に、新しい「星のや」がオープンする予定だ。世界に照準を定めた新しい日本旅館が、日本の魅力を再発見する契機になることを期待したい。
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