情報誌「ネルシス」 vol.10 2009

P-18 かやぶき屋根を再生し、よみがえった宿場町で100万人を集める
P-26 ネルシス10周年記念インタビュー

P22-25
目次
美しい日本の風景を保護し、つなげる
自然や歴史的景観の保全活動が観光資源を生み出す
日本らしい風景を求め、スクラップ&ビルドから、持続性が感じられる景観の時代へ。
そんななかで、地域に残る文化や歴史的遺産の重要性に早い時期から着目し、
保全活動を進めてきたのが財団法人日本ナショナルトラスト(JNT)だ。
観光立国をかかげる今、これまでの地道な取り組みが再評価されている。
飛騨の匠文化館(岐阜)。1989年に日本ナショナルトラスト設立20周年記念事業として日本宝くじ協会の助成で建設。飛騨の匠の技を受け継ぐ大工によって、釘などの金具をいっさい使わずに建てられた
保護活動を進めて40年
財団法人日本ナショナルトラストは、1968年に観光資源保護財団として設立された。以来40年間にわたり、日本の自然および文化的・歴史的遺産の保護活動を続けている。
 主な活動は3つあり、まずひとつは「観光資源の保護活用」。天心遺跡記念公園および天心墓所(茨城)、SL列車トラストトレイン号(静岡)、白川村合掌造り民家2棟(岐阜)、旧安田楠雄邸庭園(東京)、駒井家住宅(京都)など、全国に11件の文化的・歴史的資産を所有している。ただ所有するだけでなく、一部を除き基本的には修復後に公開などの利活用を行い、ボランティアや市町村、
企業などと連携を図りながら、それぞれに合った形で、まちの観光資源として活用している。
 次に「ヘリテイジセンターの整備・運営」。ヘリテイジセンターとは文化館のことで、地域の文化的・歴史的価値について調査をした後、観光的な拠点となるような施設を建設していく取り組みだ。所有は日本ナショナルトラストになるが、建設後の主な運営は地元に任せ、地域のまちづくりに貢献している。
 3つめは「調査事業」。これまでに全国各地で200件あまりの自然や文化遺産について調査を実施している。地域にある遺産の価値を見いだし、まちづくりにつなげていく。例えば、若狭鯖街道で知られる熊川宿(福井)は、
調査事業が出発点となって、まちづくりに発展していった事例のひとつ。日本ナショナルトラストが調査に入り、地域の文化的・歴史的価値を示したことで、町並み保存にまで発展していった。地元にとっては「これが観光資源になるの?」というようなものでも、外から見ると高い価値があるということに気づいてもらうための取り組みとも言える。
大きな力を発揮する
小さな組織
「当財団の事業は会員の皆さまや賛助団体さま、そしてボランティアの皆さまほか、多くの方々のご支援に支えられています」と話すのは事業課の宮原智子さん。

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江戸時代の宿場風景を守り伝える

上/琴引浜(京都)。JNTによる総合調査の結果を受けて、平成19年に全国の鳴砂の浜として初めて国の天然記念物および名勝に指定。鳴砂の希少性や風景の美しさ、地域による長年の保護活動の実績も評価された
左/瀬戸川用水沿いの白壁土蔵(岐阜)。増島城の城下町としての町並みを今に残している
下左/旧安田楠雄邸(東京)。在来建築技術と西洋の新しい技術力、大正期までに高まった工業技術力で造られた近代和風建築と庭園。都から名勝として文化財に指定されている
下右/旧安田楠雄邸の新しくなった表門。修復事業は公開された今も続いている
 財団法人だからといって国から定例的な助成金はなく、会員約2000人からの会費や企業からの賛助金などが主な活動資金だ。スタッフは理事長が1人に、総務課1人と事業課3人だけ。限られた資金、人手で日本の文化的・歴史的遺産の保護活動に奮闘している。こんな小さな組織だが、日本ナショナルトラストが果たす役割は大きい。その存在意義を感じさせる一例を次に紹介する。
 東京都文京区にある旧安田楠雄邸は、1919(大正8)年に実業家・藤田好三郎氏の自邸として建てられ、
その後1923年に安田財閥の安田善四郎氏が購入した。70年余りにわたり大切に住み継がれてきたが、1995年に存続の危機が起こる。高額な相続税のため屋敷を売りに出す広告が出たのだ。それを知った地域の有志が「たてもの応援団」という会を発足し、相続人である安田夫人に日本ナショナルトラストへ寄贈することを提案した。屋敷を残せるなら、と安田夫人は承諾。相続から10カ月以内に税務上の手続きを完了しなければならず、時間的制約のなかで免税団体である日本ナショナルトラストが
素早く対応したことで、近代和風の名建築が残された。また、何より文化財として活用されることに、地元の人たちは喜んだ。
 1998年には東京都が名勝に指定。2003年から3年かけて建物の修復工事に着手するも、都の補助金が80%から50%に減ってしまう。日本ナショナルトラストの負担が大きくなり、資金面で苦境に立たされていたとき、都内在住の篤志家が6000万円という高額な寄付をしてくれる。そのおかげで建物を無事修復することができた。旧安田邸の建物は

2007年から一般公開を始め、現在では日本ナショナルトラストが、たてもの応援団(2008年よりNPO法人。正式名:文京歴史的建物の活用を考える会)に管理・運営を任せている。2008年の入館者は1万1177人。その公開を手伝うボランティア「旧安田邸サポート倶楽部」の登録者数は約100人にも上る。
未来につなげるお手伝いを
設立40周年を迎えた日本ナショナルトラストでは、今後に向けて中期計画を練っている。「未来に文化的・歴史的遺産を
引き継ぎ生かしていくために、援助を必要としている人たちは全国にいます。大切なのは地域の現場が動いて初めて道が開けていくということ。そのきっかけづくりに携わることができればと思っています。そういった活動の基盤固めのためにも、会員や賛助団体さまを少しでも多く増やしていきたい。より多くの皆さまに日本ナショナルトラストを知っていただければと思います」と宮原さんは語る。
 日本ナショナルトラストでは、広く会員を募集している。会員に向けた会報を年10回発行するだけでなく、
さまざまな参加型のイベントを開催。それらを通じて財団の活動を理解してもらい、個人、企業を問わず支援をお願いしている。また若い人たちにも積極的に活動に参加してもらえるよう、個人会員年会費のユース割引制度を開始した。ひとつひとつは小さな援助でも、集まれば日本ナショナルトラストの活動の幅は大きく広がる。日本らしい景観を保護し、自然や歴史を生かしたまちづくりにつなげる試みは、誰もが訪れたくなる魅力あふれる国へと進むための道しるべになるだろう。

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