情報誌「ネルシス」 vol.2 2001

P-02 [特集]未来系のまちづくり 理想の町を求めて アメリカのまちづくりの試み・・・岩田明子 【シーサイド】
P-18 高齢社会の未来像 アメリカの住宅地開発から学ぶこと…戸谷英世
P10-17
昔のレンガづくりの大邸宅は歴史的建物として保存され、現在、各種の
レセプションやウエディングパーティに使われている

クラシックな町並みの
ケントランド


 シーサイドが隔離されたリゾートコミュニティであるのに対して、実際の町としてトラディッショナル・ネバフッド開発(TDN)が最初に適用されたのがケントランドであるといわれている。それはワシントンDCの北西に13マイル行ったところで州間高速道路I-270に隣接している。昔の農場のイメージを引き継いだといわれるランドスケープは、古きよき時代の緑に囲まれたクラシックな町並みが再現されている。
 フロリダのシーサイドやセレブレイションに比べると、アップダウンする丘に沿って並ぶ重厚なレンガ造りの住宅、田園風景のイギリス的雰囲気はアメリカ北部ならではの特徴である。ケントランドではバージニア州のアレクサンドリア、ニュージャージー州のプリンストンがモデルにされた。
 開発の波が押し寄せるなか、長い間売りに出されず残っていた352エーカーの元農場の歴史は18世紀まで遡ることができる。その敷地は1988年に様々な他分野の専門家が協力して多元的なプロジェクトの要件に取り組むDPZによるグループ会議によって6つのグループの住宅区画に分けられ、総計1,800戸、約5,000人の住む町として計画された。住宅の他にオフィス、市民文化活動の場、店舗の区画も含み、住民の多様性を重視するため、リタイアメント住宅、家族用一戸建て住宅、タウンハウス、1階が店舗の賃貸アパートメント等、さまざまなサイズと価格の住宅を提供している。
それらの異なるタイプの住宅がお互いに近接して配置されることにより、さまざまな人々が知り合い、社交的な接触が促進される。その地域の自治体に任せられる管理は任せるなど、管理費や所得税は最低限に抑えられる工夫もしている。
 ケントランドの広告はこの町の特徴を簡潔に述べている。「昔のまちづくりが流行している。袋小路はなくなり、ストリートは格子状に交差する。駐車場ではなく歩道が優先。都市スプロールでなく小さな町の魅力。狭い道路が自動車の速度を落とし、家々は街路に面して密接して建ち、友情を促進する。歩道は学校へ、公園へ、商店街へ続く。歴史的な大邸宅はコミュニティのために保存される。11エーカーの湖は緑に囲まれている。レクリエーションセンターも駅も家からすぐそこである。保育園は小学校の隣にある。このメリーランド州モンゴメリー郡の社交的で文化的な中心である。」と。
 公共空間と市民施設が
豊富で、湖、湿地帯、緑道、広場などがうまく敷地を区切りながらも全体をリンクさせている。学校や保育園、教会などの重要な公共施設は円を囲んで同じ場所に計画され、コミュニティ内のどこからも道路が中心に向かい、アクセスしやすい動線となっている。既存のカシなどの樹木はなるべく残され、昔から敷地にあった歴史的な建物は文化的センターとして利用されている。
 商業エリアには住民が歩いて行けるよう計画されると同時に、将来の成長に対応する大きめの駐車場も準備された。賑やかな商業エリアと静かな住宅街の間の空間は広場とストリートの気持ちの良い公共空間でつないでいて、これが通常の郊外開発とケントランドを異にする。商業エリアを経済的に成功させることは住宅開発のひとつの課題でもあり、ケントランドでは景気が落ち込んだときにこの商業エリアの再構築がなされ、オーナーシップの変更などにより危機を切り抜けた。
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森林浴に最適な緑豊かな小道がコミュニティのネットワークになる
保育園、小学校と教会などの公共施設はコミュニティの中心に集中して設置された 家々の間の歩道は車に脅かされず、コミュニティの精神的つながりを活性化する
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セレブレイションのダウンタウン

ウォルトディズニーの夢のまち
「セレブレイション」のまちづくり


 ディズニーワールドといえば子どもたち、さらには大人たちにとっても夢のワールドであるが、それはそのワールドゲートの内側での話であった。セレブレイションが注目されているのは、この開発がニュータウン運動から、シーサイドに始まるニューアーバニズムの流れのなかで、もっとも新しいプロジェクトであるのに加えて、さまざまなテーマパーク、アミューズメント
施設等で成功を収めているウォルトディズニー社がまちづくりに乗り出した、という点であろう。
 そのウォルトディズニーの手がけた夢の町は、フロリダ州オーランド南部の郊外で、ディズニーワールドとはUS-192道路を境にして南側に位置し、オーランドのダウンタウンへ30分、州間高速道I-4の24、25番の出口付近にある。このUS-192道路には観光客のための数々の店やレストラン、ホテルやモーテルが並ぶが、それが
ちょうど途切れるころ、ふとノスタルジーを感じさせる水道タンク塔と緑の芝生にまぶしい白い柵が一筋の飛行機雲のように見えてくる。
 テーマーパークの観光で賑わうこの地域で、その目立たない慎ましやかなエントランスが、実はウォルトディズニー社によって開発されたセレブレイションの入り口である。あまりに目立たないので、ダウンタウンを訪ねる人々が見失うのか、最近になって水道塔にダウンタウンへの案内の
垂れ幕が付けられていた。ミッキーの姿がどこにも見えないのもコンセプトの一つである。ポプラ、メイプル、オーク系の広葉樹が街路樹として多く使われ、中央フロリダから北上してジョージア、サウスカロライナ、バージニアあたりの優雅な住宅街を思い起こさせる。ダウンタウンではそれと対照的にワシントンヤシなどが商業的な雰囲気を醸し出し、上手にコントラストをつくっている。
 
湖越しにダウンタウンを望む
多様な店が並ぶマーケットストリート。建物の2階以上はアパートになっている
ノースビレッジのタウンハウス
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古きよき時代のアメリカ南部の
ノスタルジックな町の再現


 セレブレイションは最も新しいニューアーバニズムのまちづくりとして、注目を浴び、アメリカ建築家協会がこのプロジェクトを研究し、どのように機能しているか、また何を学ぶことができるか、この手法を他でも適用できるかなどを議論すべく300人以上の建築家と会合を開いたのは1998年の2月であった。
 4,900エーカーの住宅地と4,700エーカーの意図的に保存された緑道で構成されるセレブレイションの計画は1987年に着手された。オープンは1996年であるから、いかに長い時間リサーチと計画に費やされたかがわかる。またこの広大な住宅地の開発には、双方にとって同等の利益がある接点を見出すまで、地元政府とのインフラの整備等にかかわる点で、どれだけ調整がなされたか計り知れない。
 ロバート・スターン、グワスミー/シーガル、コーパー/ロバートソン、SOMそしてシーサイドのアンドレス・デュアニー、エリザベス・プラタージバックなどが当初チームに加わっており結局、スターンとジャックリーヌ・ロバートソンが主なデザイナーとしてかかわった。彼らはアメリカの伝統的な町が公共空間、学校、住宅、
商業エリアを含めてどのように機能しているかを研究した。その結果見つけられた事実は“新しい要素”ではなくて、「昔から町にあったもの」が必要とされているということであり、セレブレイションにおいて「アメリカの小さな町の夢はいまだに導く力を持っている」ということをこの開発で実現することであった。ここでもDPZのトラディッショナル・ネバフッド開発(TND)が適用されることになったのである。

住宅に先行してつくられた
商業圏


 他の類似したプロジェクトとセレブレイションを異にする点の一つは、ダウンタウンの計画が住宅に先立ってなされたことである。通常、店舗などの商業エリアの開発は住宅開発に順じて計画されるため、住宅開発全体が成熟するまで商業施設は十分な顧客を得ることができず、また住民も不十分な商業施設でがまんしなければならない。この点でセレブレイションの場合、ディズニーのバックアップによりダウンタウンの商業は計画初期から完全体制で住民を迎えることができた。
 さまざまな公共建物には有名な建築家を採用した。名前を聞けばそのコレクションの
バラエティに圧倒される。住民でなくてもそのために訪れるほど価値のあるレストランも並んでいる。たとえばフロントストリートの角にある「コロンビア」というレストランはもともとタンパのスペイン系の歴史的な町、イーボーシティにあり、開店時間を待って列ができるほど人気のある伝統的なレストランである。ここはディズニーワールドを訪れる観光客やこのダウンタウンを目的にやってくる人々によって賑わっている。商業エリアがコミュニティ内のみで完結しないところが成功の秘訣である。しかし外から人々がやってくる以上、車両禁止というわけにはいかない。例えコミュニティ内であっても、全体開発地域はシーサイドよりかなり大規模なので、車に乗るのが習慣になっている人々にとっては辛いこともあるだろう。そのためにダウンタウンでは車両の進入は許可しているが、縦列や斜めの駐車スペースにすることで道路幅を狭くして車のスピードを落とすよう工夫し、歩行者優先にしている。その他の駐車場は建物の裏側に設置し、ビルで取り囲んで表からは見えないようにしている。歩行者と車両分離の交通システムよりも、歩行者と車両共存の歩行者優先の方式が今では一般的である。
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  1.子どもたちが安心してローラースケートのできる町
2.街灯は標識、垂れ幕、ロゴなどのためにも機能する
3.標識のデザインも個性的に統一されている
4.駐車場は建物の裏手に囲まれるようにして設置される
5.ダウンタウンは車より歩行者、自転車優先
 
6.子どもたちがお使いにやってくるスーパーマーケット
7.スーパーマーケットの店内
8.電気自動車の導入が奨励されている
9.時計はダウンタウンの目印のひとつ
10.木の柵にも個性を出す
11.バリアフリーの歩道
12.豊かな自然に隣接する町
 
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バランスよく揃えられた生活の
ためのさまざまな環境要素


 コミュニティの注目すべき点は、すべてにバランスよく揃えられた生活のためのさまざまな環境要素である。開発者が設定した5つの配慮すべき要素は、1)健康、2)教育、3)テクノロジー、4)場所、5)コミュニティ、であった。ダウンタウンの賑わい、住宅街の静けさ、近所の人々との交わり、適度なプライバシー、豊かな緑、教育施設、医療健康施設、レクリエーション施設、光ファイバーなどのネットワークテクノロジー環境、さらには職場までのすべてがコンパクトに敷地内に計画された。目に入ってくる建物やデザインといった現物よりも、よりよいコミュニティのためのプログラム、環境、といったソフトウエアを重視した、というのが彼らの主張である。
 こういった種類の住宅開発には安全性を高める必要から、入り口にはゲートを設置し、ガードマンを立たせ、バーコードでロック解除しないと入れないようになっていることも多い。しかしここでは、近隣がお互いに監視の目を持ち、コミュニティに関心を持って暮らす、というコンセプトのため、あえてゲートは設置せず、入り口から住宅区画までの距離を公共空間によって長めにとることで不審者の侵入を防ぐ工夫がされている。
 学校の場所はダウンタウンの近くに初期段階から決定された。タウンハウスに取り囲まれた学校は、いかにも子どもたちが「いってきます!」といって玄関から学校まで一人で歩いて通う姿を思わせる。子どもたちが安心して歩いて学校へ通えるということはアメリカでは優良な住宅地域であることを
示している。また、理想的な教育理論や技術研究、実践、教材やカリキュラムの準備をする教育者や教育管理者のための教育施設である、ティーチングアカデミーが学校に隣接しているのも画期的なことである。
 医療施設は住民にとって大きな関心事だ。セレブレイションヘルスは州の中心的な医療・保健衛生機関とネットワークで結ばれた最高水準の病院である。この病院は開発敷地内では少し離れた高速道路の近くに位置するが、各住区からアクセスしやすい場所にある。ある記事では歩いていける距離には入っていないことが指摘されていたが、いずれにしても車のまったくない生活をしようという話ではないし、家から見える距離に病院があるのは、コミュニティの安心感の一つであろう。
郵便局。設計:マイケル・グレーブス タウンホール。設計:フィリップ・ジョンソン
セレブレイションスクール(学校)。設計:ウィリアム・ローン 映画館。設計:シーザー・ペリ

職住近接の考え方


 ビジネスパークであるセレブレイションプレイスは比較的後半に建設された。「住む場所と働く場所を近づける」というのも、このプロジェクトの特徴である。ニュータウン時代には、開発者の期待に反して人々は住職兼用を求めなかったことが失敗の原因の一つにもなった。しかし現代はテクノロジーの進歩によって仕事形態が変化し、住職兼用の住宅の需要は増えつつある。セレブレイションのオフィスビルは環境への影響を配慮してデザインされたグリーンビルディングで、エアコンのコンピュータ管理、フロンガスを使用しないエアコン、照明用電流安定装置、機械の高効率モーターなどが導入されている。
 
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ゴルフクラブ。設計:コーパー、ロバートソン&パートナーズ セレブレイションヘルス(病院)。設計:ローバート・スターン
セレブレイションプレイス(ビジネスパーク)。設計:アルド・ロッシ 住宅側からゴルフコース越しに病院が見える。コース設計:ロバート・トレント・ジョーンズSr. ロバート・トレント・ジョーンズJr.
デザインガイドラインで
統一性のある住宅地


 セレブレイションの意図の一つは高級住宅から店舗の上にあるアパートまで、バラエティに富んだ住宅タイプを計画し、緑道でコミュニティをつなぎ、空間全体の雰囲気をつくることである。ガーデン、コテージ、ビレッジ、エステイトと順に区画の敷地面積が大きくなり、価格が異なることも、ケントランド同様、住民の多様化を図ってのことだ。住宅のデザインでも多様性を重視し、クラシカル、ビクトリアン、コロニアルリバイバル、コースタル、メディトレニアン、フレンチ様式と豊富であるが、カスタムデザインでも建売でも、デザインは厳しいパターンブックとデザインガイドラインに沿う約束になっており、
 
     
この種類の開発では珍しい。パターンブックはプロポーションやスケールを統一するには役立つが没個性的な住宅地を形成するとの意見もある。デザインガイドラインの作成上難しい面は、統一感を維持したうえでいかにクリエイティビティを許すかにある。日本でも「マスターアーキテクト制」と称してこうしたデザインガイドラインのもとに複数の建築家が参加して開発された南大沢などの住宅地のような例が出始めている。
 ホームオーナーズアソシエイション(住宅管理組合)がコミュニティにとって大切な決定をする際やコミュニティの管理に活発に機能し、住宅地1エーカー(約0.4ヘクタール)に対して、投票権一票を与える。ボランティア、市民活動、教育プログラムを受け持つNGO(非営利団体)のザ・セレブレイション・ファンデイションの存在もコミュニティの結束と活発化を促進する。この種の団体はシーサイドでもケントランドでも存在しており、
コミュニティ重視の開発における不可欠な要件である。
 セレブレイションについては時間の経過とともにどう変化するかが注目される。果して厳しいデザインコントロールは町の進化を妨げないか、そのコミュニティはオーランドの都心とのつながりを深めることができるか、開発者の意図通りに本当の意味での町になるか、という視点で関係者は興味津々である。

私たちはどんな町に
住みたいのか


 住みたい町の創造は、開発者にとってはライフスタイルの提案といったソフト重視のマーケティングであり、消費者にとってはライフスタイルの選択という洗練された自主性である。シーサイド、ケントランド、セレブレイションを通じてみられるのは、歩ける町、人々の活動を生み出す町、社会接触の促進、車優先の緩和などの共通点
であり、それはいってみれば町の「多様性と密度の計画」でもある。魅力的な町にするために必要なものは昔からその町が持っていた、というあまりに身近で気付かないまま失ってしまっていたものを、改めて研究し体系化し、手法としていろいろなプロジェクトに適用可能なことが評価されている。
 車の遠距離通勤に疲れたニュータウン時代を振り返るとき、日本の通勤事情の悪さを思い出す。長距離通勤のストレスや交通費の経済的圧迫。あるいは地方都市の住宅の郊外化が商店街を空洞化させ、更地にできた巨大なショッピングセンターが人気を呼ぶ。そぞろ歩きできる町は健在だろうか。いったい、私たちはどんな町に住みたいのか。
 古くて新しいまちづくりの試み。アメリカの挑戦に学ぶところは大きい。

Special thanks to Dr. Steve Rogers for site visits.
Akiko Iwata, ASLA
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