情報誌「ネルシス」 vol.2 2001

P-18 高齢社会の未来像 アメリカの住宅地開発から学ぶこと…戸谷英世
P-26 静岡県におけるユニバーサルデザインの歩み…松浦康夫
P20-25
文/荒木康洋(高野ランドスケーププランニング) 写真/西村 (ニシムラ・スタジオ)
所在地:静岡県富士市桑崎1015 事業主体:静岡県 全体計画、造園設計:高野ランドスケーププランニング
土木設計:富士設計 建築設計:レーモンド設計事務所
設計協力:ペーパースタジオ、無相庵、爽環境計画、ランドスケープ・アオ
「街」の風景。お祭り広場とこどもセンター、こどもホール、ロッジを見る。
雲間には富士山が見える


基本理念
(子どもをとりまく環境の変化を背景として)


 「富士山こどもの国」の向かうべき方向性を定めるにあたって主要な課題として取り組んだのは、子どもをとりまく環境の変化にともない子どもの心身に現れてきた問題に対して公園で担うべき役割は何なのかということだった。当時の調査によると、問題として「対人関係の希薄化」「主体性、創造性の減退」「生活実体験の貧困化」「体力の低下」「思いやりの欠如」などが挙げられている。
 このような状況を踏まえ、子どもにとっての「遊び」が持つ役割について再認識し、「富士山こどもの国」基本理念を以下のように掲げた。
 『次代を担う子どもたちが雄大な自然の中で友だちや家族と元気にのびのびと遊ぶことを通じて、生命の尊さや自然の厳しさを学び、夢や冒険心を育むことができる場の創造を目指す』。
富士山の溶岩流をモチーフにデザインした丘
街の広場に向かうアプローチ。急な斜面には車椅子利用者のためのスロープカーが設置されている
自然をテーマとする「小国」の
集合体


 「富士山こどもの国」は、富士山の溶岩流地形によって特徴づけられた景観の特色に従って6つの区域に区分し、自然をテーマとした5つの「小国」(森の国、草原の国、水の国、地の国、山の国)とそれらの首都として「街」を設定している。
 「小国」では、自然のなかで生活が営まれていることを想定し、施設のデザインおよびプログラムのイメージを展開している。「小国」各々の状況を設定することで子どもたちの遊びのイメージを活性化させるきっかけとなることを期待した。

自然環境の育成と保全

 「富士山こどもの国」の敷地は、スギやヒノキの
人工林とススキ草原によって占められていた。公園を整備するにあたって、人の活動にとってあまり 心地よくない単一な人工林の広がりから広葉樹林への転換などにより多様な環境を準備することを目標とした。スギ、ヒノキの大系木林として育成するエリア、間伐を行い針広混交林へ転換するエリア、ススキ草地を維持するエリア、湿地エリアなど多様な構成とし、さまざまな活動に対応できるようにした。駐車場など面的な造成を行う区域では、工事開始前に、野草や幼木の移植を行い、新たな樹林地の育成のために利用した。

ソフトプログラムの充実

 「富士山こどもの国」は、ハードの整備に加えて、各「小国」のテーマに関連した
さまざまなプログラムを提供することでさらに魅力ある公園になっていくと考えている。
 そこで、各国に2名ずつプレイリーダーを配置し、各国ごとに生活体験をベースとしたプログラムを提供したり、パークボランティアのとりまとめを行ってる。また、地域の技能者の人材リストを作成し園内プログラムへの協力体制づくりにも取り組んでいる。
富士山こどもの国に誘導する入り口のモヤイ像
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自然のなかで家族とともに過ごす車椅子利用者の姿が頻繁にみられる


バリアフリーデザインから
ユニバーサルデザインへ


 バリアフリーデザインは障壁を取り除き障害を持つ人(主に車椅子利用者)が目的地までアクセスできるデザインという考えに立っており、一方ユニバーサルデザインは車椅子利用者、視覚障害者、子ども、高齢者、体力のない人、乳母車を押す人など想定されるすべての人のためのデザインとされ、バリアフリーデザインを包括した概念といえる。
 約200ヘクタールという広大な敷地はさまざまな地形および自然環境を有しており、それらを生かしつつどの範囲で、どの程度アクセス可能にするかと
いう問いかけに答えるにはバリアフリーデザインではなくユニバーサルデザインの概念を持ち込んで公園全体の考え方を示す必要があった。

環境アクセスレベルの設定

 ユニバーサルデザインに取り組むにあたっては、障害者の人たちの利用のしやすさと自然環境との関係が適切なものであることが大切で、アクセスのしやすさだけを重視するために植生や地形の大規模な改変を行うことは必ずしも望ましくない。
こどもの国では環境に対するアクセスレベルを4段階に区分した。
 基本的な考え方は、建築施設の周辺等はアクセスしやすさに重点を置き、自然を楽しむための区域に対しては自然との協調性を重視した。

チャレンジレベルの設定

 こどもの国では歩行者ルートにおいてアクセス度を3段階に分け、案内図で事前にその情報を得ることで利用者自身が体力の度合、障害の種類に応じてルート選定を判断できる仕組みを持っている。チャレンジレベルとは車椅子利用者および視覚障害者の場合それぞれについてアクセス度の違いを説明するための
レベル設定である。対象として車椅子利用者と視覚障害者の2つのタイプでチャレンジレベルを設定した。車椅子利用者の場合は路面の平滑さ、縦断勾配の程度により区分し、視覚障害者の場合は歩行のための誘導ガイドの有無および段差、交差点等の危険個所での安全対策の有無によって区分している。
 環境アクセスレベルの区分を基に自然度を高く保ちたい区域では無理な造成をせず、アクセス度よりは自然度を優先、歩行者ルートのチャレンジレベルは高いものを適用している。逆に高いアクセス度が要求される区域および主要な施設やトイレ、建築施設をつなぐ歩行者ルートは低いチャレンジレベルとした。
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視覚障害者のための誘導ブロックは小石モザイクのオリジナルデザイン
こどもセンターには点字つきブックタイプの施設案内板が置かれている
宿泊施設は車椅子にも対応している
 
園内のあちこちに子どもが使いやすいように高さの低い案内板が置かれ、誘導ブロックは玉石でデザインされている トイレのサイン。触ってもわかるように彫りこみになっている
こどもセンターのトイレは車椅子対応のうえベビーベッドつきで広いファミリートイレ。屋外のトイレもすべてこのタイプ
デザイン展開

 ユニバーサルデザインの具体的な展開については特に案内、誘導のためのサインについて「こどもの国」独自のデザインを行っている。独自のデザインとは視覚、触覚、聴覚各々の感覚によって案内、誘導が可能であるとともに個別の施設がこどもの国にふさわしい形態、素材であることである。独自のものとはいっても機能しないものでは意味がないので案内、誘導施設などの満たすべき要件について県内の福祉施設へのヒアリング、専門家のアドバイスをもらいながら設計を進めた。
 視覚に対しては各「小国」や個別の遊び場等のようすを楽しげに連想させるために各種のピクトをデザインしている。「小国」のテーマとする素材(溶岩、木等)、それぞれの場所の地形、活動イメージなどをデフォルメしてデザインしている。
 触覚に対しては案内、誘導に使用しているサインのピクト、矢印、現在地表示等すべてに触知可能な凹凸をつけている。触って想像する楽しさを生み出すために点字による表示は補助的なものとして位置づけた。
 園路の誘導については
白杖利用者のための誘導ガイドを周辺の施設、環境に合わせた素材(溶岩、丸太等)を選んで設計している。交差点等の注意喚起ブロックは一般的な点字ブロックではなく、自然素材(玉石)による凹凸でデザインした。
 聴覚に対してはサインを配置した場所に合わせて風鈴を取りつけている。
 これらのサインとともに休息のためのベンチや木陰を配置し、歩行者ルート上の小広場(塚サイン)をつくっている。ここではみんなが同等に情報を得ることができ、地域を特色づける草花や溶岩に正・われるように配置し、休憩しながら自然の要素と触れ合うことができるなど、園内のユニバーサルデザインの要素を集合させた場所となっている。

障害者を交えたワークショップ

 工事がある程度進んだ段階で視覚障害者と車椅子利用者に工事現場に来てもらい、試験施工区間を使って実地体験によるワークショップを行った。目的は、舗装、案内施設、誘導施設等が実際に機能するかどうかを確認するとともに、公園に来てみて感じた
ことや素朴な要求を聞き出し、設計内容にフィードバックすることであった。そのためワークショップ参加者には自然環境との関係、テーマとしている素材等「富士山こどもの国」で大切にしている考えを説明し、できるだけ公園についての理解を深めてもらうようにした。
 参加者からは施設の構造的な問題点、必要なインフォメーションなど多くの指摘を受けることで設計段階で知り得なかった情報を得ることができた。また、体験参加者の感想として「これまで味わったことのない空間と風を感じることができた」「軟らかい草の上を歩けるのは嬉しい」など自然との触れ合いによる喜びの声も聞けた。
園内のユニークなサイン
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「水の国」の池で遊ぶ子どもたち。手づくりの噴水が造形的な面白さを出している
「水の国」全景。手前は水深30p、奥は水深80pでカヌー遊びができる
こどもの国の全体図
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園内で一番高い「展望の丘」から見た風景。右手に見えるのはパオ集落
「草原の国」の芝生広場。心の原風景に出合える
 
溶岩でできた富士山の成り立ちを肌で感じる遊び場の一つ「溶岩長城」
「動物広場」ではたくさんの動物たちと直接触れ合うことができる
「溶岩谷のあそび場」のネット遊具にはいつも子どもたちが集まっている
自然とのかかわりをとおして

 「富士山こどもの国」は自然のなかで子どもたちが遊ぶことで本来あるべき姿を取り戻す場となることを目標としてきた。子どもたちは富士山の溶岩流による地形、露出した溶岩、湧水、草花、昆虫等と出合うことで自然の不思議、神秘性に素直に感動し、肉体的、感情的な要求に気づくことができる。またそれは子ども同士、子どもと大人の共感の機会となり、人と人との連帯感を生むきっかけとなる。
 遊び環境を準備するもの
としては自然への興味を喚起し、遊びにつながる自由な発想へ導く環境を準備することが大切だと思う。のぞきたくなる穴、触りたくなる石、風の強さを教えてくれる音等々・・・。

自由ができるだけ多いこと

 遊びはそもそも自主的で自由な行為であり、遊びには喜びや楽しみが伴わなければならない。遊び場の対象となる主な場所は公園であるが、そこでは
管理者による規制、制限が多い。遊び場でできるだけ自由を獲得しようとする取り組みは「冒険遊び場」などで長年取り組まれてきている。そこでは住民が運営にかかわりプレイリーダーが一緒に遊び、自己責任のもとに自由を拡大してきた。
 今後、公園の利用者が運営、管理にかかわる仕組みが整い、さらに遊び場での自由が広がり、その必要性が理解され認められることを願う。
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