情報誌「ネルシス」 vol.2 2001

P-20 遊びの未来形を見つめて―静岡県富士山こどもの国 富士山麓に生まれたユニバーサルデザインの遊び場…荒木康洋
P-30 [シリーズ]自然浴環境 生き物が棲める川を取り戻そう…島谷幸宏
P26-29
(写真1)
話/松浦康夫
(静岡県企画部ユニバーサルデザイン室主幹)
松浦氏
文字を大きくし、書類の重要度がわかるようにのりしろの部分を波型にした封筒


 平成10年度の終わりごろに知事からユニバーサルデザインに取り組めという話しが出て、11年度に「ユニバーサルデザイン室」という5人の専門職員を置く組織ができました。通常のイベント組織などではせいぜい2人ぐらいで始まるのですが、この場合はかなり異例です。そこまで知事をやる気にさせたきっかけが3つありました。
 一つは、平成8年度から実施に移した福祉のまちづくり条例が、専門家の枠でとどまっていてなかなか広がっていっていないこと。知事のイメージではもっといろいろな行政分野で取り組まれるべきものだという考えがありました。
 2つめは、平成9年に人権意識を高めるために「人権啓発センター」を開設し、従来の差別問題だけでなく、外国人や女性、
高齢者、児童虐待の問題など幅広いテーマに取り組みはじめたことです。
 そして3つめは、静岡県で毎年開催している「健康長寿フォーラム」に、従前から障害者の自立に取り組んでおられる三笠宮寛仁殿下をおまねきしてうかがったお話に感銘したことです。殿下は「障害者という人がいるのではなく、体の機能の一部に支障があるにすぎない。その支障をサポートし、彼らが自立していける行政的支援が必要なのではないか」というお話しをされました。
 これら3つのことが知事の問題意識としてあったところに、ユニバーサルデザインという考え方に触れたのです。それはいままでの高齢者や障害者という行政客体を特定するのではなく、あまねくすべての人を対象とした考え方でした。これまでのバリアフリーよりさらに進んだ考え方であり、これからの地域づくりにもこうした取り組みが必要だということで、ただちに
ユニバーサルデザイン室がつくられたのです。



 2名の副知事がおりますが、特に女性の副知事がこの推進に強いリーダーシップをとりました。11年度4月1日に体制がスタートし、6日には私たち5人が副知事室に呼ばれて「これからどうやっていくのか一緒に考えていきましょう」と話されました。
 そのころの私たちといえば、ユニバーサルデザインという言葉すら知りませんでした。室長は当時環境部にいた人物です。私は人事課にいました。もう一人はアメリカの駐在帰り、それに土木の技術職員と建築の技術職員が呼ばれました。さらに当時はユニバーサルデザイン担当の県理事がいました。部長職と副知事との間の位ですが、この理事が各部長たちと直接話しができる立場なので、なにかにつけ助かりました。
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P27
■県営 平和住宅(写真2)
玄関内は段差がなく、腰掛けを設置している
ドアを開け閉めしやすいようにサポート用のにぎり棒をつけ、鍵穴もすり鉢状にしている
車椅子でも近づけ、上下可動式の流し台
 いまは理事はおりませんが現行の体制は当時とほとんど同じです。体制のひとつの特徴は、福祉サイドではなく企画サイド、いってみれば県のとりまとめ的な部署に室を置いたということです。全庁を動かさなければいけないということがありましたから推進本部というのをつくり知事に本部長になってもらい、全部局長が入った最高意思決定機関をつくりました。そこが主体になって動かしています。
 さらに外部の識者にアドバイスをいただくための専門委員会を
置きました。初年度は懇話会と称して全国のユニバーサルデザインを研究している方々にメンバーになっていただき、何をしていったらよいかを話し合いました。静岡県デザインセンター長の鴨志田さん、交通工学の秋山さん、建築分野の古瀬さんなどのほかに県内の公共交通、観光関係、流通関係の方々にも参加いただき、4回にわたる議論のうえで提言書をいただきました。この提言をもとに各部局ではどんなことができるのかを話し合ってもらい、それを計画
ユニバーサルデザインを推進するためにつくられた体制
的に進めるための行動計画を平行してつくっていきました。それができたのが初年度の2月です。



 実践の第一歩は、県から発送する郵便物の封筒を変えたことです。視覚障害者の方は郵便物をある程度まとめてから信頼できる人に読んでもらうことが多いようですが、期限のあるものや返事を出さないといけないものなどは遅れてしまうことがあります。
 郵便物が手元に届いた段階でそういった差別化ができないだろうかということで、封筒ののりしろ部分を波型にしました(写真1)。 これまで点字などの工夫のあるものはありましたが、 点字の読める方は全体の数パーセント、波型ならだれでもわかります。そして県のシンボルの富士山を浮き彫りしたものもあります。さらに文字を大きくし弱視の方だけでなくお年寄りにも読みやいように色にも配慮し白抜き文字にしました。最初から全部はなかなかできませんが少しずつ進めています。


 それ以後は、徹底していろいろなことを始めました。たとえば建築サイドでは『ユニバーサルデザインを活かした建築設計』というガイドブックをつくりました。現実には予算などの制約がありますから、さまざまな工夫例のなかからできるところまでやって欲しいということにしました。
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P28
 それでできたいくつかの事例があります。浜松の駅から15分のところに文化芸術大学があります(写真3)。懇談会のメンバーのひとり、鴨志田さんが教授をされていて、彼女にサインについてトータルに見てもらいました。実際サインはとてもきれいで見やすくなっています。エレベーターの操作板は特注で、ボタンの横に大きな数字が浮き彫りで表示され、さらに点字表記もされています。
 施設としては、誘導ブロックやだれもが使いやすい
■静岡文化芸術大学(写真3)
階段の踏み面には杖が流れないよう工夫がされている エレベータのボタンの横に大きな文字と点字が表記されている
ファミリートイレを設置しています。ファミリートイレは車椅子で使用可能のほかベビーベッドもついています。階段のグリップには階を示す点字シールが貼られ、階段の踏み面には杖が流れないような杖止めが施され、蹴上げ部分にもパンチングメタルの被いがしてあります。また構内の自動販売機はすべて車椅子でも使える投入口が低い位置にあるタイプのものを設置しています。
 その他に昨年12月にオープンした県営平和住宅があります(写真2)。これはユニバーサルデザインのモデル的な団地になるよう設計しました。今年の6月にオープンする浜松の県営住宅も同様です。ここではさまざまな箇所にユニバーサルデザインを施していますが、建設コストはほとんど変わっていません。仕上げをちょっと良く
する程度の幅でいろいろなことができるのです。これから建て替えになる県営住宅はすべてユニバーサルデザインになると思います。
 屋外型のユニバーサルデザインでは「富士山こどもの国」があります(写真4)。ここでは交流プログラムが比較的うまくいっているようです。公園の維持管理がこれから問題になってきますが、公園の管理者が入れ替わってもユニバーサルデザインの理念が断ち切られないように、それを守っていく活動団体ができて、管理者の人たちと協力し合ってやっているようです。



 平成11年度からすべての庁舎をユニバーサルデザインの
視点で点検しようということで、高齢者等の擬似体験をしながらあらゆることを点検しました。初年度やったときに出てきたのは、パンフレットが見にくいということでした。関係者が集まって考えた結果を『わかりやすい印刷物のつくり方』という冊子にまとめました。単純なことですが文字を大きくし内容をわかりやすくするとか、関係書類の書き込む欄をもっと大きくする、というようなことをまとめたのですが、これが思った以上に反響があり、あちこちに配りました。
 さらに庁舎内の点検をしますと、至る所に書類の山があり整理が悪いのです。通路だけは片づけようとか、建物が古いとドアが重く開け閉めが大変なので執務時間は開け放しにしておこうなど、お金をかけなくでも工夫できる点が指摘されました。
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■富士山子どもの国(写真4)
ユニバーサルデザインを建築設計に活かすためのガイドを発行 第1回しずおかユニバーサルデザインアイデアコンクール・まち部門最優秀作品「だれにでも優しい駅」 こどもの国の園内の道は車椅子で動けるようにゆるやかな勾配になっている


 同じ年に外国人に町をチェックしてもらいました。特に浜松は工場が多いのでブラジルの方がたくさんいます。それで南米圏チーム、アジア圏チーム、英語圏チームの3つのグループでチェックしてもらい、さまざまな意見が出されました。面白かったのは、県内に「バラの丘公園」というのがありますが、道路標識上は「ROSE GARDEN」という英語表示されることが多々あります。これがあまり役に立たないことがわかりました。むしろ「BARA NO OKA KOUEN」と表示した方が良いということです。
 それとレストランのメニューですが、文字だけではわからないので写真を入れて欲しいという要望がたくさん出ました。現物が
目の前にある回転寿司などは便利なわけです。それと、案外見逃されていますが乗り物の券売機がわかりにくいということでした。これは私たちも海外で経験することです。このような擬似体験による町の点検を島田市や伊豆の韮山(にらやま)町でもやっています。



 これからのユニバーサルデザインは行政が旗を振っているのではだめだと思っています。今後は民間、住民の方が主体となってやっていくのがいいでしょう。事業者と利用者の間に介在するのはたとえばNPOのような組織で、それに行政が参加するというスタイルがいいと思います。
 先日もある駅前広場の改修でバスシェルターのことが
話題になりました。雨の日、待合部分は濡れないのですが、バスが来て乗るときに濡れてしまいます。ベビーカーで乗り込むお母さんは大変そうです。バスが来て乗り込むときに庇(ひさし)が出てくるような、そんな工夫はできないものでしょうか。そうした市民の意見をメーカーにフィードバックしていく拠点をつくっていくことが望まれます。
 ユニバーサルデザイン室の行動計画は5年ですが、6年目からは住民主体の運動にしていきたいというのが目標です。ユニバーサルデザインという言葉が死語になり、あたりまえに町がユニバーサルになっていくことが理想です。そのためには行政ではない拠点をつくっていきたい。いずれにしても民間が主導的な役割を担う方向につなげていきたいと思っています。
■外国人による浜松駅周辺のユニバーサル度点検
1.日本のまち(浜松)で特に不便と感じるところ 2.サイン(案内表記等)で配慮して欲しいこと 3. 行政サービスに希望すること
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