情報誌「ネルシス」 vol.2 2001

P-26 静岡県におけるユニバーサルデザインの歩み…松浦康夫
P-36 アルミニウムという素材を考えよう!…鈴木俊彦、東海林弘靖
P30-35
文/島谷幸宏(国土交通省九州地方整備局武雄工事事務所所長)
写真提供/独立行政法人土木研究所 自然共生研究センター
左/自然共生研究センターの実験河川
右上段/実験河川に棲む魚たち
右下段左/河原に生育する在来植物、カワラサイコ
右下段右/藻類の付着状況を調べるために並べられた石
 自然共生研究センターが発足したのが1998年ですが、この計画が本格的に持ち上がったのはその2年前の1996年の7月です。そのころは川の自然環境を守るための多自然型川づくりという事業が始まって約5年が経過し、全国に普及し始めたころでした。また、1997年には河川法が改正され、河川管理の目的に「環境の保全と整備」が盛り込まれました。このような河川環境に対する社会的な 要請の高まりに対応した技術の確立が強く望まれていました。
 私たちは自然共生研究センターができる前にも川の自然環境の保全のための研究をしていましたが、実河川で研究するうえでいくつかの障害がありました。たとえば、ほとんどの川には漁業権があり、研究のためだからといって自由に魚を採捕できるわけではありません。時期や漁法などがどうしても制限されてしまいます。
また、研究のために河川の形を自由に変えることもできません。流量のコントロールもできません。自由に調査ができ、洪水の時期がわかっている、そうして自分たちが工夫したことをすぐに試せる、そういった実験河川を持つことは研究者の夢でした。それが社会的な要請によって実現できることになったのです。
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実験河川A 実験河川B 実験河川C
順位 魚種名 個体数 割合 魚種名 個体数 割合 魚種名 個体数 割合
1 オイカワ 3164 58.7 オイカワ 1050 41.3 オイカワ 886 39.3
2 フナ類 481 8.9 フナ類 225 10.0 フナ類 246 10.9
3 カマツカ 194 3.6 モクズカニ 222 8.7 アユ 140 6.2
4 ニゴイ 177 3.3 カマツカ 116 4.6 オオクチバス 130 5.8
5 プルーギル 176 3.3 オオクチバス 107 4.2 ニゴイ 119 5.3
6 アユ 166 3.1 プルーギル 94 3.7 カマツカ 113 5.0
7 オオクチバス 162 3.0 シマドジョウ類 84 3.3 プルーギル 93 4.1
8 シマドジョウ類 125 2.3 ニゴイ 79 3.1 タモロコ 80 3.5
9 ウグイ 118 2.2 ゼゼラ 79 3.1 シマドジョウ類 55 2.4
10 モクズカニ 96 1.8 ナマズ 68 2.7 モクズガニ 52 2.3
11 ゼゼラ 93 1.7 スゴモロコ類 63 2.5 ゼゼラ 46 2.0
12 ナマズ 88 1.6 アユ 58 2.3 ナマズ 38 1.7
13 タモロコ 87 1.6 タモロコ 47 1.8 アメリカザリガニ 34 1.5
14 スゴモロコ類 71 1.3 ウグイ 39 1.5 ヨシノボリ類 33 1.5
15 アメリカザリガニ 37 0.7 コイ 29 1.1 不明稚魚 33 1.5
16 ヨシノボリ類 26 0.5 モツゴ 26 1.0 ウグイ 31 1.4
17 モツゴ 21 0.4 ドジョウ 23 0.9 モツゴ 21 0.9
18 カムルチー 15 0.3 アメリカザリガニ 21 0.8 スゴモロコ類 20 0.9
19 スッポン 15 0.3 不明稚魚 18 0.7 コイ 14 0.6
20 アカミミガメ 15 0.3 ヨシノボリ類 17 0.7 タイリクバラタナゴ 14 0.6
その他 61 1.1 その他 50 2.0 その他 58 2.6
合計 5388 100.0 合計 2545 100.0 合計 2256 100.0
表1 移入魚類調査結果順位別個体数と割合(上下流)
表2 7〜10月における平瀬、とろ、淵、早瀬別の単位当たりの魚類の湿重量 表3 8、10、12月における河川別湿重量推定値
 自然に関する研究は時間がかかります。以前、私たちの研究室にアメリカからジュリーさんという藻類の研究者が来ていました。ジュリーは、口癖のように河川の研究は7年が1サイクルだから2サイクルやるとしたら14年かかる、だから河川でドクターを取るのは難しいのだと言っていました。彼女は、水源が泉で変動の少ない川を対象にドクターを取得していました。自然の河川では洪水の多い年、雨が少なく流量の少ない年などがあります。したがって一通りのことがわかるのに相当の年月がかかります。自然共生研究センターは流量などがコントロールできるので、自然の川よりずいぶんと研究はやりやすい環境にあります。しかし気候の変動や生物の年ごとの変動までは制御できません。ですから自然共生研究センターの 研究はまだ始まったばかりで、本当の研究成果が出るのはこれからです。しかし、2年間の研究でいくつかのことがわかってきました。
 まず私たちが最初に心配したこと、疑問に思ったことは、本当の川とつながっている下流から、人工的につくった河川に生物は棲み着いてくれるのだろうか? 棲み着くのにはどれぐらいの時間がかかるのだろうか? ということでした。色々な生物の専門家に聞いてもはっきりとした答えは得られませんでした。魚などが棲んでくれるのか、本当に心配しました。今では共生センターではあたりまえのことになりましたが、実験河川に水を流し始めるとすぐに魚が入ってきます。本当にその日から魚が入ってきます。今年は冬の間、実験河川の改良のために水を止めていましたが、
5月になって水を流したとたん、大きなナマズが何匹も入ってきて、オスメスの番になって泳いでいました。水を流してから魚の量は日を追って増えていきます。8月から9月ぐらいがもっとも生息量が多く、おそらく800mの実験河川に1万尾程度の魚がいると推定されます。これは私たちにとって驚きであると同時に喜びでした。この結果は、自然環境のことをよく考えて河川改修をすれば、生き物は帰ってくることを示しています。
 また生物の種類によっても川の中に入ってくるスピードが異なることがわります。たとえば魚は早く、水生昆虫はそれより遅い。行動範囲や移動速度、生活形態によって定着のスピードは異なっていることがよくわかります。
図1 研究施設の概要
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施設内でのルールを生物の情報をとりあげて上手くサインに表現している 研究成果は実験河川沿いの展示パネルで解説。展示研究もテーマの一つ
採捕された魚。これまで約25種類が確認されている マドジョウの体長を測定
 
図2 川の基本的な形態と瀬と淵との関係の概念図
 
 
 
 また今まで定性的にいわれていた川の中の瀬や淵などの地形と魚類の生息量との関係が定量的に示すことができました。瀬や淵のある川と単調な川では魚類の生息量、種数とも驚くほど異なっていました。特に川の曲がりの重要性があらためて示されました。川が曲がっていることによって、水の流れは曲がり、複雑な地形をつくるのですが、そのことが魚類の多様性や現存量に大きく影響していることが定量的に示せました。この結果は、河川事業のあり方に大きな影響を与えています。
 この研究施設の大きな目的の一つは、川の流量をどのようにして決めればよいのかを明らかにすることです。その中でも流量の変動の問題を扱っています。川はもともと洪水の流路として形づくら
れていますから、洪水が起きたり、流量が変動するのが自然の状態です。河川の生き物はこのような洪水による攪乱に適応して生活を送っています。ですから流量が安定化してくると棲むことができなくなる生物がいます。人間が川の水を利用しようとするとき、洪水の水をためて、普段はその水を使えば、より安定的に豊富な水が利用できます。ですからこれまでは、川の流量もなるべく安定させることに努めてきました。しかし現在では、環境の観点から流量変動をもっと与えて欲しいという要望が各地で強まってきています。
 共生センターでは昨年、実験河川Bは流量が一定、実験河川Cは時々人工洪水を起こした流量変動ありの実験を行いました。残念ながら8月に東海豪雨があり
両方とも本当の洪水を受けてしまいました。洪水を受けるまでの結果を見ると、その両者で川岸の草の生え方が大きく異なりました。洪水のあるほうは水際には草が生えないのですが、洪水がないほうは草がびっしりと生えました。これは予想していなかったことです。景観的にまったく違う風景になりました。この結果は洪水の有無によって植物の生育状況が異なることを示しています。全国の河川で川のなかに樹木が増えていますが、流量の安定化と関係があると推測されます。今年も、この実験は続けていますので数年後にはしっかりとした成果が出るものと思います。そのほかにも、川の水質の自浄作用、帰化植物が在来植物におよぼす影響など、いろいろと面白い成果が出てきつつあります。
3本の実験河川(上流)。実験河川Aは直線(左)、同B、Cは蛇行している 表4 実験河川の水質変化と出水との関係
(出水あり:A、C 出水なし:B)
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夏休み親子教室。近隣地区の子どもたちを対象にした
学習プログラムを実験河川で実施
 
上段/出水実験。ゲートからの放水
中段/自然河岸形成研究ゾーン。水の流れを制御する様々な構造物を設置。写真は下流に澱みをつくるディフレクターという工法
下段/流速・水位を測定
 川には人間だけでなく多くの生物が依存しています。川はみんなのものです。けっして人間だけのものではありません。動物、植物、人間、川にかかわるすべての生物のことを考えた川づくりをする必要があります。このことが、多自然型川づくりの必要性の最も根本的な部分なのですが、そのほかにもさまざまな注目すべき点があります。たとえば、川にはいろんな生き物が棲み、人もいろいろな形でかかわっています。 したがって多自然型の川づくりを進めようとすれば、いろいろな人の意見を聞かなければできません。魚の専門家、植物の専門家、漁業をしている人、いつも散歩をしている人、洪水を心配している人などです。多自然型川づくりをすることによって、このような多くの人がかかわれるチャンスが確実に増えてきています。また、川の環境は川ごとに異なります。これは流域の地形や雨の降り方など自然の状況が異なること、 川への人のかかわり方が川ごとに異なることによります。多自然型川づくりを行うときにはこのような川の個性を理解しなくてはいけません。したがって多自然型川づくりとは川の個性を活かした川づくりで、画一的な川づくりではなく、地域の個性あふれる川づくりといえます。
 このように多自然型川づくりは新しい考え方に基づいた、自然と人との共生を目指す取り組みと考えています。
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