情報誌「ネルシス」 vol.3 2002

P-12[OPINION]21世紀は生存と生活のための科学を…宇井純
P-21[アメリカの現状]米国における土壌修復技術の発達と法的環境…ブラーツ初枝
P16-20
文…竹下宗一
((株)ダイヤリサーチマーテック 調査コンサルティング部門主幹研究員)
生物にとっての
土壌の大切さ
われわれが生活している地球の半径は約6400キロメートルありますが、空気の層の厚さは11キロメートル程度にすぎません。地球外から眺めると、人や生物は、地面にはりつくように、そして極めて脆弱で薄く存在する空気の層の中で暮らしているように見えることでしょう。
人が利用する空間は、地面と水面(海、河川、湖沼)付近に限られており、地球をりんごに見立てると、りんごを薄いラップフィルムで覆った程度の空気の層が生命を維持していることになります。
 古来、人は田畑や果樹園から農作物や果実を得てきました。森林や草原からは木材や牧草に恵まれました。また、わが国では地下を5〜10メートルも掘れば井水にも恵まれてきました。このような恵みは、気の遠くなるような長い年月にわたり、地表にわずか数メートルから10メートルほど堆積した土壌の栄養分や保水力、透水力から得られます。 足元を深く掘れば、あるいは崖のようなところに行けば土壌断面が見られます。
土壌より深いところは、砂礫層や岩盤となります。土壌を観察すると、土、石、砂、枯葉など多種多様の成分と形状であり、空気や水も含まれており、細菌のように目に見えないものから、昆虫、植物の根、あるいはモグラのような大型の生物まで無数の生物が住み着いています。このように有機質を含む土壌は、地表の太陽、水、二酸化炭素から生成する生物の生命循環の重要な部分を担っています。土壌は、太陽系第3惑星である地球の誕生(46億年前)から42億年以降、植物の繁殖により形成されたものと見られています。このような生命にあふれた土壌の存在は、太陽系では地球にしか見られないことが知られています。
地層と水の関係
一般に、土壌の下には透水層(砂礫層)があり、その下は不透水層(粘土層)となっています。土壌や透水層を地下水が極めてゆっくりですが浸透しつつ流れているのです。*1山に降った雨は、地表だけでなく地中を経由して湧き出し、河川や湖沼を潤しています。古来、海に生活の糧を求める人々は海を大事にする術を知っており、山や田畑に糧を求める人々は土を大切にしてきました。また、全ての人々にとって河川や地下水は汚染してはならない生命の水でした。
人為的な土壌汚染は
近代工業化の負の遺産
都市化や生活の近代化、衛生管理面から、井戸水は水道に替わりました。工業化が進み多くの産業廃棄物が排出されました。最近では瀬戸内海の豊島(大量の産業廃棄物野焼きおよび放置)事件*2が有名ですが、廃棄物が違法に捨てられたり埋められたりする事件が多発しています。また、半導体製造業や物流ステーション(ガソリンスタンドや貯蔵タンク)などから、洗浄溶剤、石油製品などが僅かづつではあるが漏れ出すこともあり、汚染物質が地下に蓄積し長年にわたり近隣の地下水を汚染する場合も報告されるなどの状況から、汚染土壌への人々の関心は次第に強くなってきました。
 環境省の調査によれば、最近、わが国でも有害物質による土壌汚染事例の判明件数の増加が著しく、マスコミ報道をみても、土壌汚染による健康影響への懸念や対策の確立について社会的要請が強くなっています。 平成13年3月までに都道府県等が把握した累積の調査・対策事例数(全国計)をみると、調査対象となった事例は1,903件、そのうち実測調査をした事例は1,097件、何らかの汚染により土壌環境基準に適合しない事例(超過事例)は574件でした。*3
 土壌が有害物質により汚染されると、汚染された土壌を直接摂取したり、汚染された土壌から有害物質が溶け出した地下水が井水や水源に混入し飲用されるなどにより人の健康に影響を及ぼす
おそれがあります。例えば、乾燥した強風の日に窓をあけておくと部屋中砂ぼこりになりますが、このような日は誰しも多少の土壌を吸い込みます。
土壌汚染対策法が
2003年1月からスタート
わが国ではこのような状況を踏まえ、土壌汚染の状況の把握、土壌汚染による人の健康被害の防止に関する対策を盛り込んだ内容の「土壌汚染対策法」が2002年5月に成立、2003年1月から施行されます。この法律では、土壌汚染状況調査、指定区域、土壌汚染による健康被害の防止措置、指定調査機関、指定支援法人、罰則などについて定められています。
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これにより、これまでルールがなかった汚染原因者の浄化責任に対して責任が明確になるため、土壌汚染の予防などリスク管理が進むものと思われます。また、負の遺産の処理責任を明示することで土地取引のリスクが減り、円滑化するといわれています。
1. 特定有害物質*4による土壌汚染の可能性のある土地は、土地所有者による調査、報告義務が生じます
(1) 使われなくなった、有害物質使用特定施設*5である工場または事業場の敷地であった土地の所有者などは、環境大臣が指定する調査機関により土壌汚染に関する調査を行い、その結果を都道府県知事に報告しなければならなくなります(土地利用状況からみて健康被害が生ずるおそれがないとの都道府県知事の確認を受けたときを除きます)。
(2) 都道府県知事は、土壌汚染による健康被害が生ずるおそれがあると認めるときは、土地所有者等に対し、指定調査機関に土地の土壌汚染の状況について
調査させ、その結果を報告すべきことを命ずることができるようになります。
2. 指定区域の指定・台帳の調製
都道府県知事は、土壌の汚染状態が基準に適合しない土地は、その区域を指定区域として指定・公示するとともに、指定区域の台帳を作り、閲覧に供します。
3. 土壌汚染による健康被害の防止措置
<1> 汚染の除去等の措置*6命令
(1) 道府県知事は、指定区域内の土地の土壌汚染により人の健康被害が生ずるおそれがあると認めるときは、当該土地の所有者等に対し、汚染の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができます。
(2) 汚染原因者が明らかな場合であって、汚染原因者に措置を講じさせることにつき土地の所有者等に異議がないときは、上記によらず、都道府県知事は、汚染原因者に対し、汚染の除去等を命ずることができます。
<2> 汚染の除去等の措置に要した費用の請求
 上記(1)@の命令を受けて土地の所有者等が汚染の除去等の措置を講じたときは、汚染原因者に対し、これに要した費用を請求することができます。
<3> 土地の形質変更の届出及び計画変更命令
 指定区域内において土地の形質変更をしようとする者は、都道府県知事に届け出なければなりません。都道府県知事は、その施行方法が基準に適合しないと認めるときは、その届出をした者に対し、施行方法に関する計画の変更を命ずることができます。
現状の土壌、
水質および大気関係の
汚染防止法令について
現状(土壌汚染対策法スタート)までの土壌、水質および大気関係の汚染防止法令の名称と時期を参考までに【表1】に示します。土壌環境基準、地下水環境基準の施行後、フッ素、ホウ素、硝酸性窒素など数件の対象物質が追加されており、水道法の水質基準と比較して示すと【表2】のようになっています。
【表1】わが国の土壌汚染防止、地下水汚染防止に関する法令
 
平成14年 土壌汚染対策法:土壌汚染調査義務、汚染除去命令、報告義務と立ち入り検査、罰則規定を盛り込む
平成10年 土壌の汚染に係わる環境基準の運用等について:廃止後の最終処分場の跡地の対策に関するもの
平成10年 土壌・地下水汚染に係わる調査・対策指針運用基準について:上記の平成10年の通知の細目を示す
平成9年 地下水の水質汚濁に係わる環境基準について:地下水の水質汚濁に係わる環境上の条件を規定
平成6年 重金属等に係わる土壌汚染調査:対策指針および有機塩素化合物等に係わる土壌・地下水汚染調査・対策暫定指針
平成3年 土壌の汚染に係わる環境基準(土壌環境基準):既に汚染した土壌の修復のための基準
昭和45年 農地用土壌の汚染防止等に関する法律:富山県神通川流域で発生したイタイイタイ病を契機として制定
●「地下水の水質汚濁に係る環境基準について(平成9年公布)」では、23物質についての基準値と測定方法を定めています(土壌環境基準の対象物質とほぼ同じだが銅と有機隣が含まれていません)。●「土壌環境基準(土壌の汚染に係る環境基準についての環境庁告示、平成3年8月)」では、土壌の汚染物質*7に係る環境上の条件についての環境基準とその達成期間を定めています。●「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律(昭和45年公布)」は、農用地の土壌の特定有害物質(カドミウム等)による汚染の防止と除去並びに汚染された農用地の利用規制を目的としており、都道府県知事は、汚染地域において指定した農作物等の作付けをしないよう勧告することができます。●「水質汚濁防止法(昭和45年公布)」は、工場などの汚水及び廃液の河川、湖沼、港湾、沿岸海域等への排出および地下への浸透を規制するとともに、生活排水対策の実施を推進することを目的としており、排出規制、生活排水対策の推進、水質汚濁の監視、人の健康に係る被害が生じた場合における事業者の損害賠償の責任、罰則などを定めています。●「大気汚染防止法(昭和43年公布)」は、工場や事業場での事業活動、あるいは建築物の解体などに伴うばい煙、粉じんの排出の規制、有害大気汚染物質対策、自動車排出ガスの許容限度、大気汚染状況の監視や人の健康被害が生じた場合の事業者の損害賠償責任・罰則などを定めています。
  【表2】水道水の基準、土壌環境基準、地下水環境基準の比較
項目 水道水(水道法) 地下水基準 土壌環境基準
 カドミウム  0.01M/R以下  0.001M/R以下  0.01M/R以下
 全シアン  0.1M/R以下  検出されないこと  検出されないこと
 有機燐  規定なし  規定なし  検液中に検出されないこと
 鉛  0.05M/R以下  0.01M/R以下  0.01M/R以下
 六価クロム  0.05M/R以下  0.05M/R以下  0.05M/R以下
 砒素  0.0005M/R以下  0.01M/R以下  0.01M/R以下
 総水銀  0.0005M/R以下  0.0005M/R以下  0.0005M/R以下
 アルキル水銀  規定なし  検出されないこと  検出されないこと
 PCB  規定なし  検出されないこと  検出されないこと
 銅  規定なし  検出されないこと  農用地(田に限る)において、土壌1kgにつき125mg未満であること
 ジクロロメタン  0.02M/R以下  0.02M/R以下  0.02M/R以下
 四塩化炭素  0.002M/R以下  0.002M/R以下  0.002M/R以下
 1,2-ジクロロエタン  0.004M/R以下  0.004M/R以下  0.004M/R以下
 1,1-ジクロロエチレン  0.02M/R以下  0.02M/R以下  0.02M/R以下
 シス-1,2-ジクロロエチレン  0.04M/R以下  0.04M/R以下  0.04M/R以下
 1,1,1-トリクロロエタン  規定なし  1M/R以下  1M/R以下
 1,1,2-トリクロロエタン  0.006M/R以下  0.006M/R以下  0.006M/R以下
 トリクロロエチレン  0.03M/R以下  0.03M/R以下  0.03M/R以下
 テトラクロロエチレン  0.01M/R以下  0.01M/R以下  0.01M/R以下
 1,3-ジクロロプロペン  0.002M/R以下  0.002M/R以下  0.002M/R以下
 チウラム  0.006M/R以下  0.006M/R以下  0.006M/R以下
 シマジン  0.003M/R以下  0.003M/R以下  0.003M/R以下
 チオベンカルブ  0.02M/R以下  0.02M/R以下  0.02M/R以下
 ベンゼン  0.01M/R以下  0.01M/R以下  0.01M/R以下
 セレン  0.01M/R以下  0.01M/R以下  0.01M/R以下
 フッ素  0.8M/R以下  0.8M/R以下  0.8M/R以下
 ホウ素  規定なし  1M/R以下  1M/R以下
 硝酸性窒素および亜硝酸性窒素  10M/R以下  10M/R以下  規定なし
 総トリハロメタン  0.1M/R以下  規定なし  規定なし
 クロロホルム  0.06M/R以下  規定なし  規定なし
 ブロモジクロロメタン  0.03M/R以下  規定なし  規定なし
 ジブロモクロロメタン  0.1M/R以下  規定なし  規定なし
 ブロモホルム  0.09M/R以下  規定なし  規定なし
データ出所:水道法、地下水環境基準、土壌環境基準から作表
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平成12年度までの
超過事例(累積件数)
環境省の平成12年度までの調査結果によると、累積調査事例1,097件の内、基準超過事例は累積で574件であり、溶出基準項目別にみると、【図1】のとおり重金属では鉛、砒素、六価クロムが多く、VOC(揮発性有機化合物)ではトリクロロエチレン、テトラクロロエチレン及びその分解物のシス-1,2-ジクロロエチレンに係る事例が多くなっています。
 また、超過事例574件の関係は、【図2】のとおりです。超過事例は年々増加しており、特に平成10年からは急増しているのが【図3】でわかります。
汚染土壌の浄化技術
ここで、重金属および揮発性有機化合物による土壌汚染の浄化対策の一例を図で紹介しましょう。
 重金属により汚染された土壌の対策としては、封じ込めまたは除去(重金属等の分離または化合物の分解)などにより、雨水で有害物質が溶出しそれが周辺の土壌・地下水に広がらないようにすることです。重金属により汚染された地下水については、吸着法などにより対象物質の除去を行うことが必要です【図4】。
 揮発性有機化合物は、粘度が小さく移動し易いため、土壌・地下水から除去(揮発性有機化合物の分離または分解)し、雨水等により汚染物質が溶出して周辺の土壌・地下水に広がらないようにします【図5】。
企業活動と環境への
取り組みは
矛盾せずに行えるか?
次に、日頃感じている、環境分野の国際的なトレンドをいくつかあげてみましょう。
 このような潮流は、多くの企業の活動や経営にとっても大きな影響を与えて行くことになります。また、メーカーの場合は製品の材料選定や組成選択にも影響を与えることになりましょう。
【図1】物質別の超過事例数(累積)
平成12年度土壌汚染調査・対策事例及び対応状況に関する調査結果の概要(平成14年2月) 環境省環境管理局水環境部
【図2】超過事例574件の汚染物質数の関係
平成12年度土壌汚染調査・対策事例及び対応状況に関する調査結果の概要(平成14年2月) 環境省環境管理局水環境部
【図3】年度別の土壌汚染判明事例
平成12年度土壌汚染調査・対策事例及び対応状況に関する調査結果の概要(平成14年2月) 環境省環境管理局水環境部
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【図4】重金属による土壌汚染の浄化対策
土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針運用基準について(平成11年)環境庁
【図5】揮発性有機化合物による土壌汚染の浄化対策
土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針運用基準について(平成11年)環境庁
予防原則
因果関係に完全な科学的立証がない場合であっても、不可逆的な環境変化の可能性がある場合にはアクションをとるという立場を「予防原則」といいます。このような考え方は、80年代初期にドイツと北欧諸国で始まった考え方です。最近、地球温暖化対策など国際的なスケールで予防的な環境政策が見られるようになってきました。

1.POPs(残留性有機汚染物質)条約
POPsとはDDTやPCBsなど12種類の化学物質で、ダイオキシン類も含まれます。
 POPsの特性は次のとおりです。*8
残留性:自然環境では安定であるため難分解性、残留性があります。
生物濃縮性:水に難溶で脂溶性が高いことから生物蓄積、生物濃縮性をもちます。
揮発移動性:わずかながら蒸気圧をもつので大気経由の地球規模の移動がおこります。
毒性:ヒト、生物への有害性、毒性があります。
 POPsは、一般に半揮発性であり大気に入った後は粒子や食物表面に吸着され、土壌、水系、生物に再分配されます。現在、わが国もPOPsのモニタリング、インベントリー(目録)、排出規制などに関し国際的な共同行動を求められています。
2.環境ホルモン(EDC)*9対策
わが国では、食品容器などに含まれるいくつかの化学物質が話題になりましたが、現在、環境ホルモン物質に対する国の施策は、法令等による規制の段階にはなく委員会等で物質ごとに問題の有無を審議中です。

3.ダイオキシン類の削減対策
ダイオキシン類の削減除去対策は、わが国に顕著な問題です。というのは、欧米では都市ごみの処分は埋立が主体ですが、わが国では焼却処分が原則であり、都市ごみの不完全な焼却(例えば炉のスタート、ストップ時に不完全燃焼が生じやすい)にともなってダイオキシン類が発生しやすいからです。*10
平成11年に公布されたダイオキシン類対策
特別措置法などの政策により、ダイオキシン類対策は大筋順調に進んでいます。
企業経営とIPP
(統合的製品管理政策)*11
先頃EU政府の環境総局を訪問しました。EUでは、現在「統合的製品管理政策(IPP)」が提案されており、いずれ、同政策の白書が欧州議会などに提出される予定と聴いています。IPPとは、製品をライフサイクル*12にわたって統合的に管理しようという理念に基づく政策です。IPPの理念を企業の行動に置き換えると、製品の製造、流通、消費、廃棄に至るライフサイクルの各段階における製品機能ならびに環境安全性を総合的に評価したうえで製品組成の選択や設計を行うことを追求してゆく必要があります。

 環境問題は、複眼的な視点から捉えないと正しい理解ができず、また、対策も不十分なものになります。環境汚染物質は、極力発生源で除去することが社会的なコストを最小にすることに繋がります。例えば、廃棄物処理の段階ではなく、製品の設計段階から有害な元素を除いておくことが求められています。例えば、家電メーカーが製品を設計する際、経済的に合理性のある範囲で環境に優しいと判断される素材や助剤(プラスチック難燃剤など)を選択することが、企業や社会にとって良い結果を生むようなケースとなることが期待されています。わが国でも、用済みとなった製品の資源リサイクルや回収に配慮した製品設計が求められる時代になっています。
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 アメリカのように技術が先進した国のトレンドとして、物を売るビジネスから、機能やサービスを売るビジネスに収益を求めるように、企業の指向が転換しつつあります。アメリカの環境機器メーカーは、ファブレスも少なからずあります。また、リース業という形態は製品の機能を売る典型的な例です。
 GE(ゼネラルエレクトリック)は、販売した自社製ガスタービンなどをリアルタイムでモニターして運転状況を把握し、保守する事業を経営の柱の一つにしています。
 わが国でも、生産拠点の海外移転が漸次進行しており、次第に国内産業全体におけるサービス産業の占める割合が高くなってゆきます。このような時代において、統合的製品管理政策は、輸入品も視野に入れなければ完結せず、実行は難しい面もありますが、ライフサイクルで環境性や経済性を評価すべきであるという理念は評価に値するものであり、いずれその必要性は増してゆきます。
 企業経営や環境問題を考える上で「持続可能性(Sustainability)」という考え方が重要であり、また、SustainabilityにはSociety(社会)の概念が必要です。 企業は、常に、株主や社会に受け入れられ、関係者に利益をもたらすことが求められています。

 アメリカの大手化学会社を訪問した際に、現状で優先度が高い環境問題は、環境ホルモンやPOPsにみられるPBT問題であると聴きました。PBTとは、つぎの三つの性質を持つ汚染物資をいいます。
P: Potential for persistence
難分解性
B: Bioaccumulation
生物体内への蓄積性
T: Toxicity
毒性
今後の商品設計においては、従来のCO2当量(地球温暖化防止と省エネ性)と同様、PBT当量(環境への難分解性有害物質の蓄積性)が付加価値あたり最小になるよう考えなければなりません。毒性があり難分解性で蓄積性のある物質が、長年を経て地球上に拡散し食物連鎖上に存在し濃度を増し続けることにより生物の多様性や種の保存に影響を与えることが懸念されています。  「短期的には変化が見られなくとも、長期的には不可逆的な負の影響を生命体に与え続ける物質が環境に排出される量を最小限に抑制してゆくべきである」という考え方を持つ人が、欧米企業の幹部や環境専門家の間で増えています。自社の生産プロセスにおいて、有害性の高い化学品の排出を継続的に削減し、究極的にはゼロエミッションを
目標とすると宣言している企業もあります。
企業と社会の
持続可能な発展
企業において、「製造過程で消費する物質」に対し「販売しうる物質」の割合を高めることは、環境によい影響を与えるだけでなく、資源利用の無駄を省き会社の収益性向上をもたらします。会社の持続可能な成長のためには、事業活動を通じて株主の利益、社会的価値を創生すると同時に、その活動の過程で「汚点」を残さないことが必要です。株主への利益の還元、顧客への製品の安定供給、社員の満足や生活・福祉の向上を図るとともに、人の健康被害、廃棄物・汚染物質ならびに資源・エネルギー消費を削減する必要があります。
 今後は、特に企業の中核的な価値としての知識、将来を見据えた投資分析と意志決定、価値連鎖(value chain)などにおいて持続可能性の概念を導入する必要があります。将来の地球人口倍増に対処可能な生活の質の向上、貧富の差の解消、水、土地その他生活を支える資源の制約を克服することが必要です。そのため、事業の焦点を「生産量(トン)」ではなく「価値の創造」に合わせなければなりません。
・・・・・・・・註・・・・・・・・

*1 竹下宗一、田口計介共著『汚染土壌の基礎知識』2001年5月刊、日報企画販売
*2 2001年8月に、豊島の産廃を熱分解して溶融無害化する中間処理施設の起工式が三菱マテリアル直島製錬所内で行われました。しかし、この施設完成予定の2003年春以降、豊島に放置されている50万トン産業廃棄物の全てが溶融処理されるまで、10年以上の年月が必要と伝えられています。

*3 平成12年度土壌汚染調査・対策事例及び対応状況に関する調査結果の概要(平成12年2月、環境省環境管理局水環境部)
http://www.env.go.jp/water/report/h14-01/index.html
*4鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く)で政令で定めるもの。
*5 有害物質の製造、使用又は処理をする水質汚濁防止法の特定施設。
*6 立入制限・覆土・舗装(直接摂取の場合)、汚染土壌の封じ込め、浄化等。
*7 カドミウム、全シアン、有機燐、鉛、六価クロム、砒素、総水銀、アルキル水銀、PCB、銅、ジクロロメタン、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン、1,1-ジクロロエチレン、シス-1,2-ジクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,3-ジクロロプロペン、チウラム、シマジン、チオベンカルブ、ベンゼン、セレン(「平成3年局長通知」、平6環庁告25・全改、平7環庁告19・平10環庁告21・一部改正)
 例えば、カドミウムの基準は土壌を酸で抽出した検液1リットルにつき0.01mg以下であり、かつ、農用地においては、米1kgにつき1mg未満であることなど詳細に規定されています。
*8 Persistent Organic Pollutants、難分解性または残留性有機汚染物質でクロルデン、DDT、トキサフェン、ヘキサクロロベンゼン、PCBs、アルドリン、ディルドリン、エンドリン、ヘプタクロル、マイレックス、PCDDおよびPCDF(ダイオキシン類)がPOPs 12物質として知られている。
*9 Endocrine Disrupting Chemicals、環境ホルモン物質
*10 そこで、わが国ではダイオキシン類対策を考慮して、都市ごみ焼却炉の連続化、大型化が国の方針となっています。
*11 Integrated Product Policy
*12 揺りかごから墓場まで、すなわち生産工程から消費、廃棄に至るまで。
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