情報誌「ネルシス」 vol.3 2002

P-16[土壌汚染の基礎知識]土壌汚染とはなにか…竹下宗一
P-24[CASESTUDY1]粘土採掘場の跡地が美しい植物園に生まれ変わった 「エデン・プロジェクト」--イギリス 「土の再生」と「土地の蘇生」…柳原博史
P21-23
文…ブラーツ 初枝(環境事業ファイナンシャルコンサルタント)
スーパーファンド法
成立の背景
米国における土壌修復事業界が成長する背景には、連邦政府による法的規制が重要な役割を果たしてきました。
 メディアによって数カ所の有害物廃棄処分地が取り上げられ、全国的規模で人体への危険性が指摘されはじめたのは、1970年代末にさかのぼります。とりわけ、1978年のニューヨーク州ナイアガラフォールズにあるラブ・カナルで起こった土壌汚染は、世間の注目を最も集めた事件といえます。
 汚染は、1942年の水力発電用水路の建設中に、経済情勢の変化で工事が中断したことに端を発しています。工事で掘られた大きな溝に、有害廃棄物を詰めた大量のドラム缶が埋め立てられて整地され、
そこに人々が住むようになりました。そして35年後に襲ってきた豪雨によって有害廃棄物は地表に噴き出し、付近一帯に大規模な汚染をもたらしました。住民の中には出産異常を訴える女性が急増し、遺伝子異常も数多くみつかりました。
 連邦政府はこれを大惨事と受け止め、非常事態宣言を発して、564戸のほとんどの地域住民を別の土地に移転させました。この事件を皮切りに他の有害物廃棄処分地の汚染問題に多大な関心が寄せられ、新聞各紙は、有害物質の流出に関する事件をたびたび取り上げるようになりました。それまでに存在していたいくつかの環境に関する連邦法令としては、例えば連邦水汚染規制法(FWPCA)、その修正箇条である水質汚染防止法(CWA)などがありましたが、これらはアメリカの可航水域における油や
汚染原因物質の流出に限ったもので、土壌、地下水、地表水、大気への汚染が発生しても、連邦政府が直接関与できる法的権限はまったくありませんでした。
 ラブ・カナル事件のような有害物廃棄現場が発見され、注目を集めるようになったことで、従来の規制基準では不十分であることが明白となりました。そこで新たに作られたのが、「包括的環境対処・補償・責任法(Comprehensive Environmental Response,  Compensation, and Liability Act:CERCLA)」通称スーパーファンド法です。連邦政府は、この法の制定によって、主に放置、または管理されていない有害物廃棄処分地が人体や環境へ与える危険性を検討・管理することができるようになりました。
 1980年にスーパーファンド法が可決され、スーパーファンドプログラムが開始されました。この法令によって、連邦政府は、歴史上初めて、未管理の有害物質流出に関する非常事態に対して、関係者に直接対処を要請することができるようになりました。法令は、その権限を大統領に与え、大統領から行政長官命令12316によって、環境保護局にスーパーファンドプログラム活動の管理任務が委任されました。
 連邦政府の活動資金として、16億ドルのトラスト資金が集められ、スーパーファンドが設立されました。この資金には、主に原油と42種類の商業利用される化学製品に対する課税収入が当てられました。こうした課税は、環境汚染につながる物質を扱うものが環境修復の費用を負担すべきだ、という米国の考え方があらわれています。また、スーパーファンドプログラムでは活動にかかる費用を一時融通したとしても、
有害物質排出の責任者に返済を要求するなど汚染者負担の原則を貫いています。
 1986年10月17日には、議会でスーパーファンド法の修正条項が可決され、スーパーファンド改正・再承認法(Superfund Amendments and Reauthorization Act:SARA)が
施行されました。その内容は、トラスト資金を85億ドルに増やし、資金調達方法に改良を加えたほか、永続的な改良策を開発、利用することを強調するなど、それまでの内容をさらに強化・拡張したものでした。さらに独立法令の第3条項では地域住民への重度汚染化学製品の存在に関する情報の公開を義務づけました。また、1990年11月には、スーパーファンドの法定権利が1994年まで、また課税権は1995年まで延長されました。
 2000年8月の段階で最重要汚染物廃棄現場として1,451件が指定されましたが、217件がすでに浄化が終了しており、
1,234件を残すところとなっていますが、また新たに59件が指定を受けるか検討中です。これらの現場の中には、規模が大きく、重金属や有機化合物の両方を含む複合汚染や数種類もの汚染物質が一箇所から発見される等、複雑な汚染現場が多く、処理しやすいよう区分けして、それぞれ異なった技法を用いて土壌修復を行うこともあります。この他の法的規制としては、生産、処理、保管、または投棄する業界などの施設について言及する資源保護再生法(RCRA)と、各50州が独自に設けた、スーパーファンド法やRCRAが言及しない分野を監督するものがあります。
米国浄化産業の
規模と構成
米国の浄化市場は、1996年に61億ドルで、うち国防総省が13億ドル、
Top > P22 > P23
P22
エネルギー省が15億ドル、その他(工業・商業現場を含む)が33億ドルを支出しています。1996年の浄化市場は総体的には前年並みでしたが、国防総省とエネルギー省の占める割合は、10%の伸びを示しました。*1また、1997年の浄化に費やした支出の伸びは5%で、さらに米国産業界は1997年中、総額45.1億ドルを浄化作業に支出しており、浄化産業市場は、年率7%のスピードで成長しており、今後もこの傾向は続くだろうとしています。
 1990年代初頭、米国の土壌修復事業界の支出対象は主に現場の汚染調査・診断(Site Characterization)でしたが、近年では、多くの現場の調査・診断が終わり、殆どの支出は修復工事に向けられています。しかし一部の現場では、以前行った現場の診断が不充分で、一部もしくは全体の調査をやり直す必要がでてきています。*2、3
 米国の土壌修復事業界全体での就業人口は、過去5年間をみると減少傾向にはありますが、現在約10万人いるといわれます。このなかには、大小のエンジニアリングやコンサルティング会社をはじめ、
修復工事の請負業者、機材、資材等の販売業者、掘削業者、分析研究所、政府監督省庁、企業の代理人、法律事務所、学者(大学やその他の研究者)などがあります。
※1 『環境ビジネス・ジャーナル』1997年8月号
※2 『BTIマーケット・アルマナック』1998年版
※3 『ステート・オブ・ザ・インダストリー・レポート』(ファーカス、バーコウィッツ共著、)
米国における
土壌修復技術開発と傾向
1970年末から80年代初頭にかけて、土壌修復産業は新興産業として登場し、ラブ・カナルなど数々の未処理現場の対処にとりかかりました。1980年中頃までの主な対処技術は、(1)地下水の揚水ばっ気法(当初、これにより地下汚染を浄化すると同時に汚染地下水の移動も防ぐことができると考えられた)と(2)有害廃棄物質を含む汚染土壌の焼却処理という、2種類の技術が主流で、米国内の数千件に及ぶ現場で広く用いられました。
 しかし、1980年代後半から90年代初頭には
、これらの技術の効果に対する不満が現れ始めました。調査業者も監督省庁も処理業者も、揚水ばっ気法は、汚染地下水を効果的に封じ込めて汚染の拡散を防止するものの、地下の汚染物質塊の縮小には殆ど効果がないことがわかりました。
 焼却法も1980年末にはすでに人気がなくなりました。焼却に必要な施設の建設費用が非常に高いうえに、焼却炉付近の住民は、排気ガス処理基準を大幅に厳しくすることを要求したことから、多くのケースで費用効率が見合わなくなったのです。
 その後、回転式ケルン型の装置を用いる加熱処理が、土壌、沈殿物、汚泥処理の比較的費用効率のよい方法と見なされて、広く使われるようになりました。掘削法は、今日でも汚染現場の種類によってはよく使われていますが、掘削作業が進行するとともに予想を上回る汚染物質がでてくる可能性があり費用の予測がたたないうえに、掘削や運搬中に付近の住民や作業員が埃や悪臭、蒸気にさらされる危険性があります。
 その他に米国内で広く利用されている技術として、汚染土壌や廃棄物を別の埋め立て地に捨て、その場で安定・封じ込め処理を行う方法がありますが、汚染物質の移動廃棄は、単に汚染を別の場所に移動させるものだとして却下される場合も多々あります。米国ではこうした有害廃棄物埋め立て地は、廃棄物や土壌の運搬とともに厳しく規制されていますが、なかには犯罪組織がからんでいると思われる埋め立て地もあるようです。
 廃棄物を移動させずその場で安定・固形化・封じ込め処理する方法もあります。この技術は、主に重金属汚染現場で行われていますが、準揮発性有機物による汚染現場で利用される場合もあります。より積極的な処理方法に比べて費用がかかりませんが、廃棄物とそれによる法的責任は残されたままであり、完璧な浄化処理をした場合に土地の無制限な利用が可能であるのに対して、資産価値は制限されたままです。
土壌浄化技術の
公開と市場
右表で簡単に米国の土壌汚染浄化技術の傾向について紹介しましょう。浄化技術関連の公表文献を見ると常に新しい
技術が開発されており、また既存技術の新しい利用法も広く試されています。一般的に、米国はこうした新規開発の先端に位置し、そのフィールドは、産業、政府関連研究所(エネルギー省内のものなど)、学界など広く分散しています。
 米国環境保護局や他の機関はデータベースを公表し、多様な技術のコストと効果を把握するためにさまざまなプログラムを使って理解を高めようとしています。こうした努力の結果、どういう技術がどのような対象現場に適しているのか、または適していないのかというようなことが広く知られるようになりました。また、市場も徐々に効果のない技術や比較的劣った技術を排除しており、より効果が高くコスト効率のよい技術が優勢になってきています。
 浄化技術の開発と成功は、(1)監督機関と規制法律が、何を汚染とし、どこまでを清浄とするのか、また汚染現場の責任者にどこまで浄化を要求するのか、(2)汚染責任者が不動産や現金を含む資産価値を保全するための合理的な判断基準がどこにあるのかの2点に大きく影響されます。
 現在米国では、約半数の浄化処理が規制による圧力によって行われ、 その他半数が土地所有者や汚染責任者の自発的な意志で行われています。
なぜなら価値の低落した財産を効率よく回復できる浄化技術があるなら、その財産所有者は、法的規制の圧力がなくともそうした技術を利用するからです。
 今後の米国における汚染浄化市場の将来は、政治や経済動向の変化に加え、規制の度合、経済性の判断基準によって変化しているため確実に予想することは困難です。新技術の発展とともに浄化コストは低下する傾向にあり、浄化業者の採算性の問題も出てくるでしょう。また民間と政府の環境汚染問題に取り組む態度や、新たな有毒物質の発見によっても市場は変化します。
 しかしながら、環境汚染が生物生息環境に与える影響を深刻にとらえ、今世代はもちろんのこと、次世代にもクリーンな環境を確保していくことは人類の課題ともいえます。クリーンな環境の必要性、汚染が与える深刻な問題などを多くの方々に認識して頂くためにも、必要な知識と情報を広く公開していくことが今後求められていくと思われます。
Top > P22 > P23
P23
米国における土壌汚染浄化技術の流れ
1980年代末
ガス吸引法(SVE)
当初ガソリンスタンドの汚染処理技術として開発され、今日までに他のどの技術よりも多く利用されている。一方でこの技術の短所である不均質、高湿度、低透水性などの性質を持った土壌や、準揮発性有機物の処理には効果がということが次第に明らかになってきた。
1990年代中期以降
バイオ浄化法
石油炭化水素などの生分解可能成分の原位置処理にも魅力的な技術と見なされていた。石油精製廃棄物のランドファーミングは、1970年代から行われ、徐々に改良を重ね、準揮発性有機物を含む広範な廃棄物の処理に使われるようになり、生物パイルや生物反応炉による処理も行われた。 
 また、1990年中頃には米国空軍が連邦政府機関とともに複数の大規模なプロジェクトを行い、ジェット燃料汚染現場の
原位置浄化処理のためのバイオベンディングや、地下水の石油炭化水素や有機塩素化合物の受動的バイオ浄化研究のため、汚染物質のMNAを監視する方法の開発が行われた。
 これに続き、さまざまな原位置での処理技術が開発された。まず、原位置空気スパージングが土壌蒸気抽出法とともに地下水の塩素系溶剤による汚染修復に広く適用されるようなった。同様に、バイオ・スパージングがバイオ・ベンディングとともに地下水のベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン(BTEX)の処理に用いられるようになった。地下水の原位置バイオ浄化業者は、他の汚染物質や地質環境にも応用したいところだが、彼等の技術にも限界があることが明らかになってきた。また、浄化時間がかかりすぎ、大きな問題となっている。
 適度の透水性がある地質的条件下での石油炭化水素と塩化炭化水素汚染処理法として、地下水と 非水性相液体(NAPL)、土壌蒸気を同時に処理する複合的抽出法が、様々な形で登場してきた。また、生物分解が
可能なNAPL汚染に対して、バイオ吸収法も開発された。
フィトレメディエーション
(植物浄化法)
1990年代半ばから末にかけて登場した技術で、地下水の汚染物質を低コストで封じ込める処理方法。地表付近の比較的流れの遅い地下水で、土壌の汚染物が植物根とRhyzospheric微生物による浄化処理に反応する場合に用いられる。
原位置化学酸化法
90年代半ばに土壌と地下水の塩化と無塩化炭化水素汚染の処理に利用された技術。フェントン溶剤、過マンガン酸カリウム、過塩素酸カリなど、多くの溶剤が使用され、地下への注入方法もさまざまある。これらは近年、比較的透水性のある地質で利用され、浄化作業業者によれば、沸点の低い準揮発性有機化合物の処理にも成功している。
低コストで早く浄化できる方法だが、土壌を酸性化する必要があるため、重金属汚染の漂流が問題になっている。また、過マンガン酸カリウムに関しては無害の三価クロムを有害の六価クロムに変えてしまうという深刻な問題がある。
新原位置化学酸化法
従来の原位置浄化法とは異なり、酸を一切使わず、中性で浄化可能な改良版のフェントン反応剤が90年代半ばから開発がはじめられ、90年代後半から今日まで全米各地で浄化に成功し、話題を呼んでいる。低コストで、浄化期間も数週間から数ヶ月と短期間での浄化が可能なだけでなく、重金属の汚染を漂流させないため、二次汚染の心配がない。
原位置アルコール・
界面活性剤清浄法
主に透水性の高い地質環境の非水性相液体(NAPL)汚染地下水に
利用された。高度のNAPL(DNAPL)汚染に対しては、こうした技術もその他の技術同様、その有効性については論議を呼んでいる。
原位置加熱法
90年代半ばに開発された、蒸気注入・蒸気利用抽出法と電気抵抗加熱法(3段階または6段階加熱法とも呼ばれる)は、水の沸騰点まで地下温度を上げることができるので、主に揮発性有機化合物と一部の沸点の低い準揮発性有機物の処理に適用される。その他にも無線周波数・マイクロ波加熱法があるが、コストが高いために研究レベルの利用を越えていないのが現状。
原位置溶融固化法
もう少し以前に開発され、主に放射性核種に利用されたこの方法は、有機物汚染処理のためだけに利用するにはあまりにもコストが高い。
また、土壌がガラス状に変化し地中に残るため、浄化施行後の用途に制限がある。
原位置熱分解法(ISTD法)
90年代後半に開発され、現在までに数十件利用されたのみだが、揮発性・準揮発性有機物両方の除去に非常に優れている技法。揮発性のみならず、PCBやダイオキシンをはじめとするより沸点の高い準揮発性有機化合物を、地質にほとんど関係なく浄化できる(地中のドラム缶にも対応可)。また、汚染物質を完全に除去することが証明されているため、浄化保証が可能。浄化後の土壌は一時的に乾燥状態になるが、時間とともに元の状態に戻るだけでなく、以前より草木が生えやすい状態になることがわかっている。コストも低く抑えられ、今後の活躍が期待される技術である。
Top > P22 > P23