情報誌「ネルシス」 vol.3 2002

P-21[アメリカの現状]米国における土壌修復技術の発達と法的環境…ブラーツ初枝
P-30[CASESTUDY2]旧工業地域を再整備して緑豊かな街をつくる 「オエリコン地区再生プロジェクト」--スイス 大規模な土壌修復で生き返った土地…滝川薫
P24-29
 ・・・・・・・・・イギリス
取材・文・写真…柳原博史(ランドスケープアーキテクト・マインドスケープ代表)

「この場所が、単なる商業的テーマパーク以上のものとならなかったら、これは莫大な浪費である。我々は、我々の住むこの世界を理解し、讃えることを奨励するのみならず、行動を起こすことを誘発するための場所をつくろうとしたのだ」・・・・・・ティム・スミット
ロンドンから車で約8時間。イングランド南西部、コーンウォール半島の突端近くのひなびた街セント・オースウェルの郊外、イギリス特有の緩やかな丘並みの静閑な田園風景のただ中に、突如として、隕石の落下跡か巨大なクレーターのように、すり鉢状にえぐり取られた、周囲とは明らかに雰囲気の異なる場所がある。そのお椀の底から吹き出した泡のように、どこか愛嬌があり、それでいて極めて
洗練された建築群が居座っている。フラードーム状の六角形のトラスにビニールを被覆した、高度に抽象的な形状と、外部から切断された風景のせいか、一瞬、スケール感を失い、サッカー場35個分(約16ha)という大きさも、さほど広大には見えない。建築よりも周囲の断崖が高い分、シンボリックでありながら威圧感がまったくない。創設者、ティム・スミットが「真の美」と讃えたその場所は、空を低く感じさせ、まさにムーンスケープ(月景)のようでもあった。
 2001年3月、この辺ぴな地に、まったく新しい
タイプのテーマパーク、「エデン・プロジェクト」がオープンした。オープン前からの話題性もあって、オープン3ヶ月後の6月には、既に来場者が100万人を突破し、話題が話題を呼ぶ好循環に見舞われ、約1年半経った今日でも、その活況ぶりは衰えていない。
 「エデン・プロジェクト」とは、ややベタなネーミングという気もするが、中味は単純明快さと奥深さを併せ持つ、なんとも不思議な魅力に包まれた場所である。
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エデン・プロジェクトのハイライトである世界最大の温室「熱帯バイオーム」の内部。熱帯の高温多湿の気候を再現し、園路に添って歩くと1時間以上を要するので、気候に不慣れな人のための一時待避所まで用意されている
 ドームを連続させた世界最大の温室と唱われる建築2棟と、その外部空間は、「バイオーム」と称し、それぞれに地球上の気候帯をパッケージ化したゾーンとなっている。高さ50m、幅240m、奥行き110mの最大ドームは「熱帯バイオーム」で、熱帯気候を再現し、隣のひとまわり小さなドーム「暖温帯バイオーム」は、地中海性気候、カリフォルニア、南アフリカの気候帯をかたちづくっている。そして外部空間が当地コーンウォールの気候そのものの「温帯バイオーム」という構成である。  つまり、地球を包括する一大「植物の楽園」というところであるが、それだけではこのプロジェクトの背後にある、壮大なストーリーを理解したことにはまったくならない。



このプロジェクトを構想し実現化させたのは、元音楽プロデューサー、ティム・スミットという人物。ルイス・タッカー、バリー・マニロウなどを輩出した、80年代のスーパー・ヒット・メイカーが、突然ロンドン南部の
ブリックストンからコーンウォールに移り住んだのは1987年。90年には音楽から一転、「ヘレガンの失われた庭」という庭園をプロデュースし、イギリス中の話題をさらった。そして、そこで培われた感性と園芸技術が、「世界最大の温室をつくり、人間と植物の偉大なる関係性を構築したい」という更なる大きな野心へと向かわせたという。
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最初に構想を立ち上げたのが94年であるから、オープンには実に7年の歳月を要したこととなる。
 構想そのものこそ偉大であったにせよ、それが、総事業費8,600万ポンド(約160億円)の一大プロジェクトへと成長し、実際のオープンに辿り着くまでが多難の連続であったというのは想像に難くない。最大の難関はやはり資金集めで、最終的に、宝くじを基金とするミレニアム・コミッションをはじめ地方政府などからの大きな援助を受け実現化にこぎ着けた。
「ヘレガンの失われた庭」
しかも、当初の構想を縮小も、矮小化もすることなく、むしろ遙かに上回る出来ばえとなったことは、そこに集まる人々を見ればわかる。単なるアカデミックな植物園でも、軽薄なテーマパークでも、お仕着せの
教育的博物館でも、ユートピア的コロニーでも、いずれでもないジャンルの不確定な真に新しいタイプの魅力的な場所が生まれたのである。
 この新しい場の基層を成すのは、「人間と植物の偉大なる関係」であるから、珍しい世界中の植物を陳列する植物園とはまったく違い、人の生活に密着した植物たちが主役となり、それはどちらかといえば見慣れた、またはとても聞き慣れた名前の植物で占められる。コーヒー、茶、ゴム、米、パイナップル、ペッパー、麦、綿、コルク、ブドウ、イモなどなど、どれも当たり前に日常的に接している植物である、というよりは食物であり姿を変えた日用品である。これを改めて植物として見せられると、確かに植物と人間の緊密なる関係性と相互のコミュニケーションのような視界が開けてくる。
 さらに、この日常性の隙間を埋めるものが「アート」である。「アート」は、自然科学や社会文化、教育的要素を緩やかにつなぐ触媒または息抜きのように、時にさりげなく、時にインパクトを持って随所に挿入されている。熱帯バイオームの
一角に置かれた民家は、マレーシアの至る所に一般的にある高床式にトタン板貼りのやや粗末なもので、その横に置かれた日本製のバイクは、その日常性をもっともストレートに表現している。それと同時に、イギリスから地球の反対にあるこの地の野菜や、フルーツ、花などがいかに共通のものであるか喚起を促しているようでもある。そしてこれらのアート作品は、過度に洗練されていない分、美術館に陳列されるよりも、日常的なシーンを生き生きと彩っている。
 もちろん、こうした展示内容は今後も運営のプロセスの中で随時加えられていく。例えば、日本人ランドスケープデザイナーと現地のアーティストが「米」をモチーフとしたセクションにおいて、数カ月をかけて「しめ縄」をつくるというイベントが行われた。人類の生活に最も欠かせない作物のひとつである「米」が、より大きなスケールでのアートワークを誘発しているというわけである。
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バイオームエントランス2階。1階部分は吹き抜けのカフェとレストラン
●配置図
01. 花のない庭
02. 世界を移動した植物
03. 健康のための植物
04. 庭の花をつくる
05. ベリー
06. インディゴ
07. カンゾウ
08. ミント
09. ラシャカキグサ
10. 味わうための植物
11. アリーナ
12. リンゴ
13. ヒマワリ
14. ラベンダー
15. 植物と受粉を助ける生物
16. コーンウォールの作物
17. 小麦
18. 紅茶
19. ビールと醸造
20. エコ・エンジニアリング
21. 麻
22. イモ
23. ロープと繊維の植物
24. 花の段々畑と草原
25. 燃料のための植物
26. 神話と民話の植物
27. コーンウォールの野性植物
28. 生物多様性と保全
29. 土壌再生のための植物
30. 飼料のための植物
31. 農業のはじまり
32. チリの野性植物
33. 未来産業の植物
34. 紙のための植物
35. 建築のための植物
36. ワークショップスペース
37. 拡張展示のための実験住宅
38. 教育スペース
39. 約束のトンネル
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こうしてエデン・プロジェクトは、これまでのところ大成功をおさめ人々に広く受け入れられているのであるが、オープンにこぎつけるまでに要した7年間のうち、その建設途上のプロセスの中でも特筆するべきことがいくつかある。  ひとつは、施設の中核をなすニコラス・グリムショウ設計の建築で、リサイクル材を使った表面のビニールと巨大な構造体の建設はそれ自体が挑戦的な出来事であった、とティム・スミットは語っている。さらに、窪地の排水処理をはじめとする土木工事、そして「土」の調達である。いずれも、この土地の背景に深く起因する、プロジェクト実現の前に立ちはだかった大問題であった。ティム・スミットが「理想の敷地、真実の美」と賞賛し、選び抜いたこの敷地はかつての粘土採掘場であり、地面をくり抜いたすり鉢形状はまさに人工的な産業遺跡であった。
 コーンウォール地方は17世紀以来、イギリス国内での煉瓦製造のための粘土の一大供給地としての役割を担ってきたが、近年、海外からの安価で良質の粘土が出回り、産業としての粘土採掘がその役割を終え、地域経済も停滞していた。 そして、このように表土を完膚無きまでにはぎ取られた粘土採掘場跡地が多く残る
この地域で、ティム・スミットは居住性の良さ、南向き斜面を多く擁することなどの理由から、当該の敷地を選出した。しかし、ここに現代の「エデンの園」を築くにあたっての最大の問題は、植物の生育に適した「土」がほとんど存在しないことであった。
植物にとっての生命の基盤となる「土」がない以上、何らかの手段でそれを調達しなくてはならない。しかし、コスト的また生態学的理由により、土を遠方から持ち込むということは是が非でも避けたかった。そこで、この計画に必要な85,000トンの土を「製造する」という発想に至るのである。このアイデアは、「ヘレガンの失われた庭」における経験と技術から生まれたとはいえ、そのスケールはあまりに壮大である。  この敷地に残されていたものといえば、母岩と粘土をベースとしその上に堆積した多量の砂、いずれも「無機質土」である。植物の生育に有効な「土壌」としてあるためには、生物の遺骸などが化学反応を受けて生成された「有機質土」を含んでいなくてはならない。そして、有機質と無機質が適度に混合し団粒構造を成す理想的な「土壌」は、自然サイクルのプロセス上で
何十年、何百年という歳月をかけ醸成されるものである。それを2年という歳月で製造することが果たして可能なのか。
 「土の製造」という実験的かつ挑戦的なプロセスの基本的な考え方は、土を構成要素に分解し、それらを適切な比率で再度混ぜ合わせること。ここでは砂と粘土に加えて、有効な有機物を有効な比率で混入することである。土を混ぜ合わせるのはJCBと呼ばれる建設用掘削機で、ケーキをこねるようにしてひたすら1日中混ぜ合わせ、また数週間おいて混ぜ合わせるという工程の繰り返しである。有機物の混入にあたっては可能な限りの「リサイクル」材を使用するというポリシーと、病害虫などの懸念が少ないようその素材を地元の森林産業、農業などからの廃棄物(グリーン・ウェイスト)から候補が選ばれることとなった。
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砂と粘土という既存の無機質土にどのような有機物を混入するか。ここでは3つの気候帯とそこに置かれる植物との関係、各構成要素の適切な混合比、そしてバイオーム内の熱と湿気にも耐え得るという条件を念頭に幾つかの素材が試された。この実験は、レディング大学の研究チームに委ねられ、敷地近くの圃場で実際の植物を使って行われた。最終的に選抜された有機物は、地元の森林産業で多量に排出される新鮮なバーク(樹皮)と、キノコ栽培で使用済みの堆肥化した複合的廃物である。
 「砂」「粘土」「有機物」の混合比は、20種類がテストされ、最終的に各バイオームの表層と下層、傾斜地向けなどの8種類に絞られた。熱帯多湿バイオームでは土は保水性を多くするために有機質を多くする。暖温帯バイオームは排水性を良くし、乾燥気味に維持するために砂を多くした。急勾配の傾斜地が多い屋外の温帯バイオームではバークではなくキノコ栽培の堆肥化した廃物を利用することとなった。これらの土は、いずれも見た目に灰色を帯び、さらさらとした砂のように見えるが、水分を含ませても急激に流れることはなく、ある程度の団粒構造が形成されていることがわかる。また、実験過程で試された植物も殆ど失敗はなく、根の活着も順調であったという。
 実験は成功し、アイデアの適正さが立証され実践化された。
しかし、今後の問題がまったくないわけではない。植物の変化、排水性、ガスの発生などの異常がないか、数名の土壌専門スタッフが常に監視を続けている。窪地である当該地の排水に関しては、まだ根本的な解決には至っておらず、試行錯誤が続けられているという。
「土を製造する」こと、これはリサイクルや環境問題といった今世紀型の課題に呼応する模範的な姿勢であるにせよ、そのプロセスはあくまで挑戦的、そして創造的である。しかし、出来上がったこの場所は、イメージや情緒的にリサイクルや環境問題を安易に訴求する要素は一切なく、あくまで背後に手法として潜んでいるのである。
 「人間と植物の偉大なる関係」こそがエデン・プロジェクトの一大テーマであるというとおり、土台としての「土」が支える「植物」が健全に生育することでこのプロジェクトは成立する。翻って考えると、エデンがわれわれに提示しているものは、ある一面では凡庸な日常的世界である。この日常性を表面的、またはドラスティックに変えるのではなく背景をなす部分、目に見えない土台に挑戦的な創意を付加することで、この凡庸な日常性をより生き生きとした場として演出しようとしているのだ。
砂と粘土と有機物を建設用の掘削機で1日中混ぜ合わせ、数週間おいてまた混ぜ合わせるという工程をくり返して土をつくっていった
 もうひとつ、コーンウォールという地域にもたらしたこのプロジェクトの多大な影響を見過ごすことはできない。これまでに250万を上回る人がここを訪れ、地元商業の好況、雇用の創出、地価の上昇など様々な影響を及ぼしている。
 とはいっても、そこはやはりロンドンからも遠く離れた田舎町で、この大部分は平穏な風景が支配している。エデン・プロジェクトが誕生したことで、この平穏さは決して崩れてはいない。むしろコーンウォールはより生き生きとした、より穏やかなコーンウォールらしさを取り戻そうとしているようにも思える。その意味において「エデン・プロジェクト」は、大きくコーンウォールという場所性に根ざし成立している。
A C C E S S
「エデン・プロジェクト」
●アクセス情報
ロンドンから高速道路を乗り継いで、約8時間。ブリティッシュレイル(旧イギリス国鉄)セント・オーステル駅より、バス有り(ロンドンから電車で約10時間)。 また、ナショナルサイクルネットワークのルート上にも位置している。
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