情報誌「ネルシス」 vol.4 2003

P-14 [見に行こう]ジャングルを探検しよう――生息環境を再現した「よこはま動物園ズーラシア」
P-22 [活用しよう]宇宙からの画像で地球環境を学ぶ――リモートセンシングで観測する
P18-21
新しいことを学ぶ喜び、知らないことを知る楽しさ、子どもたちの潜在能力はとにかくすごい。
教壇に立つのは、長年エネルギー関連の職場で働いてきたベテランたちばかり。ガス会社で都市ガス製造に携わってきた人、商社で中東の石油買い付けに奔走した人、原子力発電所の設計者などさまざまだ。
「総合的な学習の時間」がスタートして1年。
彼らのような生きた経験を伝える「出前授業」が活発に行われている。
日本がこれまでに培ってきた技術やノウハウ、そして哲学までも次代に伝えることができる、世代を超えた新しいコミュニケーションの場が生まれている。

写真……石井雅義
「地球の歴史は何年かな?」「46億年!」「じゃあ、石油は何から出来ている?」「プランクトンの死骸から!」「原子力は?」「ウラン!」「わー、みんなすごいねぇ。じゃあ石油はあと何年で無くなるというデータが出ているかわかる?」「40年」「そう、みんなが私のような年齢になるころには石油が枯渇するといわれているんだね」
 活発な質問が飛び交っている。ここは横浜国立大学付属横浜中学校の特別授業のひとこまだ。教えているのは消費生活
アドバイザーとしてエネルギー問題に関する啓発活動を行っている寺尾千之さん。彼女はこれまでに10回以上の出前授業を受け持っている。今回は特別にウズベキスタンの民族衣装を身にまとっての授業だ。
 寺尾さんは、ご主人の赴任先だったウズベキスタンで、日本語教育に貢献する民間の日本語学校に賛同し、現在も支援活動を行っている。今回は、ウズベキスタンで日本語を学んでいる女子高校生のショヒジャホンさんがゲスト出演してくれる
こともあり、ウズベキスタンという国を通しての「環境とエネルギー」の授業となった。ウズベキスタンのスライドを映しながら、水資源がいかに不足しているか、また、天然ガスでは世界有数というお国柄、マッチのほうが貴重なこの国では、ガスは朝つけて夜寝るまでつけっぱなし、など生活週間の違いを話してくれた。授業の最後にショヒジャホンさんが、ちょっと色気のあるウズベキスタンの踊りを披露。生徒たちだけでなく、見に来ていた先生方にも大うけだった。
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P19
 このちょっと風変わりな授業の出前を行っているのが「エネルギー環境教育情報センター」だ。同センターは、学校教育だけでなく社会教育においても関心の高いエネルギー環境教育を推進していくことを目的に1984年に設立された。現在、教材や資料の収集、制作のほかに、エネルギー関連業界で長年仕事をしてきた人や研究者、教育者などの専門家をネットワーキングし、リクエストがあった小学校や中学校へ無料で授業の派遣を行っている。これが先ほどの「出前授業」だ。
 この取り組みは、経済産業省資源エネルギー庁の委託事業として2000年にスタートし、今年で4年目となる。本格的に派遣を始めた2001年は、小学校、中学校、高校合わせて60件の依頼を受けたが、3年目の
昨年は派遣件数が一気に245件に増えた。そのきっかけが2002年度から始まった文部科学省の「総合的な学習の時間」、いわゆる総合学習制度のスタートだ。特に扱うテーマとして、教科をまたがるような課題に取り組むよう「国際理解、情報、環境、福祉、健康」などが挙げられたこともある。
 派遣先は沖縄から北海道まで全国に及ぶ。学校段階別の割合は、小学校が125件、中学校76件、高校やそのほかが44件だった。リクエストされる授業テーマを人気順に見てみると、「エネルギー全般について」が40.8%と最も多く、地球環境問題が18.4%、電気について15.1%、新エネルギーが6.5%、ガスについて5.3%、原子力が4.9 %、省エネルギーが5.3%、石油が3.7%となっている。
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P20
 ところで教えている講師にはどんな人たちがいるのだろうか。その多くは現役を退いた実務経験者で、発電用ボイラーの設計や開発に精通した火力発電の専門家、発展途上国で技術指導を行ってきた太陽電池の専門家、中東諸国をはじめ世界各国で石油の買い付けを 行ってきた人など、さまざまな人が登録されている。 すべての講師について仕事の経歴や授業のテーマが、センターのホームページに掲載されており、その人材の幅広さがうかがえる。
 センターでは講師を「コーディネーター」と呼んでおり、現在登録されている
コーディネーターは174名で、今後200名まで増やす予定だ。毎年コーディネーター希望者を募り、年2回程度、3日間の講習会を開き、修了した人が派遣講師として登録される。ボランティアにもかかわらず年々応募者が増加して競争率が上がっているそうだ。
エネルギー環境教育情報センターが行っている派遣授業のテーマとコーディネーター例
主な
派遣地域
主な対象 テーマ例 授業の概要 コーディネーターについて
東日本 小学生 私たちのくらしと原子力発電 いろいろな発電方法と原子力発電の初歩的な知識 長年にわたり原子炉の設計、原子力発電所の建設、核融合炉の開発などに携わった方です。
小学生・
中学生
化石燃料が電気に変わる 石炭・石油など化石燃料の特徴と模型を使った火力発電のしくみ 発電用ボイラーの研究開発から設計・保守まで幅広い分野に精通した火力発電の専門家。
小学生・
中学生
再生可能エネルギーの太陽光発電 太陽電池を使った実験と今後の太陽光発電の可能性 長年にわたり太陽電池の研究開発に携わった方で、発展途上国での技術指導も行っています。
中学生 現代の石油事業 中東諸国のくらし、文化と石油をめぐる国際情勢 中東諸国をはじめ、世界各国で石油の買い付けなどに従事してきた方です。
中学生 石炭ってなーに?実物に触れてみよう! 石炭の実物に触れる体験と石炭の特徴や利用について 海外での事業化調査を含めた石炭利用技術の開発に従事している石炭の専門家です。
中学生・
高校生
現代社会を支えるエネルギー資源の重要性 現代の文明を支える石油などのエネルギー資源のもつ重要性 商社で長年にわたり石油やガスの開発業務に従事した方で、中東地域などでの駐在経験があります。
高校生 原子力発電の基礎知識 原子炉模型を使った原子力発電のしくみと安全対策 電力会社で次代層などを対象としたエネルギー・原子力広報の第一線で活躍している方です。
中部・
北陸地方
小学生・
中学生
地球にやさしいエネルギー天然ガスとは? 地球環境問題の現状と天然ガスの特徴や利用 ガス会社で都市ガス製造業務などに従事した後、技術研修センターで指導に当たっています。
中学生 エコ・メタル!アルミニウムの正体? 省エネルギー効果の高いアルミニウムの特徴と製造工程 金属関連企業で一貫してエネルギー管理や環境管理に従事してきた方です。
高校生 地球の大気と自動車〜空気と人と車を考える 自動車をめぐる環境問題と排ガス対策の現状と研究開発の動向 大学で自動車に関する材料や廃植物油の燃料利用について研究・指導を行っている方です。
関西・
中国・
四国地方
小学生 捕まえろ!逃げる熱 これまで棄てられていた未利用熱エネルギーの回収と有効利用 上下水道や空調に関連した建築装置のコンサルタントを行ってきた方です。
小学生 テレビが消費する全エネルギーを調べてみよう! テレビの生産から廃棄までのライフサイクルで消費されるエネルギー消費量の調査 省エネルギーの専門家で、省エネ機器の開発や省エネ診断などを行っている方です。
小学生 バイオマスってなんだ? 農林廃棄物や畜産廃棄物などのバイオマスエネルギー資源の利用方法 廃棄物焼却設備の設計などの経験を生かし、技術指導や省エネ診断に取り組んでいます。
小学生・
中学生
環境と自動車 自動車が環境に与える影響とクリーンエネルギー自動車開発の動向 自動車関連企業で省エネルギーや新エネルギーに関する技術指導などに従事している方です。
中学生 エネルギーの不思議・減少・効力に学ぶ 電気エネルギーの変換実験(熱、光、動力)と効率的な利用 光通信システムなどの開発に従事、現在は家電製品の省エネ特許調査を行っている方です。
中学生・
高校生
エネルギーの形態とエネルギーの単位 エネルギーの科学史とエネルギーの基礎的な概念 熱工学を専門とする第一線の研究者で、大学では実験・実習の指導に当たっています。
中学生・
高校生
化石エネルギーにかわる自然エネルギーを探そう 長期的な視点に立って考える再生可能エネルギーの可能性と技術的な課題 水素エネルギーやバイオマスなど、一貫して新エネルギー技術の研究を行ってきた方です。
高校生 太陽光発電を学習しよう 太陽電池の基礎知識と太陽光発電の将来展望 太陽エネルギー利用技術開発に従事した技術者で、工業高等専門学校で指導も行っています。
九州地方 小学生 暑くなる“まち”(都市)で建物とエネルギーを考えよう! 都市の温度上昇と建物で使われているエネルギー 大学で都市環境工学(ヒートアイランドなど)を専門に研究・指導している方です。
中学生・
高校生
企業の環境問題への取り組み〜ISO14001って何? ISO14001(企業等の環境活動に関する国際的なルール)の概要とガス会社の取り組み ガス会社で社内の環境保全活動を推進する業務などに携わっている方です。
高校生 マジックで見る原子力の話 マジック(手品)を交えた原子力発電や放射線の話 放射性廃棄物再処理プラントの設計などに従事した後、原子力広報に取り組んでいる方です。
*詳しくはエネルギー環境教育情報センターのホームページ(http://www.icee.gr.jp/)まで
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 授業を受けた生徒たちの反応は、「面白かった」「いつもと違う授業が楽しい」「知らない世界に触れることができて良かった」と、おおむね好評。授業後の先生方のアンケートでも、「研究者ならではの視点があった」「体験に基づく内容が良かった」「職業人としての生き方への言及があり良かった」など評価が良く、そして今後もこうした授業を継続して行いたいという感想が多い。特に地方からは、遠隔地で少人数の学校にまで派遣してもらったことへの感謝の気持ちがつづられている。

子どもたちには実験や体験活動を取り入れた授業が人気(写真提供:エネルギー環境教育情報センター)
 「学校の先生も生徒も環境に対する意識は年々高くなっています。ところが“環境”と表裏一体の問題である“エネルギー”には実感が持てないというのが本音のようです。また、近年、授業時間が減少するなかで実験などに十分な時間を確保できない状況があり、そういったことから、私たちが派遣する コーディネーターの授業でも、実験や体験活動などを取り入れた内容が人気です」と語るのは、 担当課長の大内敏史さん。今後は学校の「総合学習」だけでなく、社会教育の場にも積極的に派遣を行っていきたいと考えているという。
 知的資産の活用が下手だといわれている日本。
ここにきてようやく中高年者の経験が生かせる「出前授業」のような教育支援のスタイルが評価され、さまざまな機関や団体において協力体制がつくられつつある。これまで培ってきた日本の技術やノウハウ、そして哲学までも次代に伝えることができる、有効な方法として期待できるのではないだろうか。


(財)社会経済生産性本部・エネルギー環境教育情報センター
「エネルギー教育コーディネーター」係
〒105-0003 東京都港区西新橋1-6-15愛光ビル
TEL.03-3593-0936 FAX.03-3593-0930
URL: http://www.icee.gr.jp/
E-mail:energy-coordinator@jpc-sed.or.jp

文部科学省「総合的な学習の時間」応援団のページ
文部科学省として特定の学習活動を奨励するものではなく、各府省庁および所管の関係団体など、それぞれの立場から学校支援内容をまとめて紹介しているページ。
URL:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/sougou/

教育情報ナショナルセンター
「総合的な学習の時間」における各学校の実践など、多くの有用な情報を提供しているページ。
URL:http://www.nicer.go.jp

国立教育政策研究所
2002年12月に、国立教育政策研究所教育課程研究センターから「総合的な学習の時間実践事例集」が小学校編および中学校編それぞれ別冊で刊行。また、2003年7月に高等学校編が刊行された。
URL:http://www.nier.go.jp/homepage/kyoutsuu/index.html
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