情報誌「ネルシス」 vol.5 2004

P-10[特集]まちに息づくアート 21世紀のランドスケープ・エコロジー 街とアートの半世紀…竹田直樹 2 アートプロジェクトのパラダイム
P-18[インタビュー]アートプロジェクトで社会の価値転換を迫る…北川フラム
P14-17
新進気鋭のアーティストに作品をつくらせ、一つの空間をつくりあげる。それも美術館という限られた場所ではなく、不特定多数の人々が行き交う公共の場に、だ。コンテクスト(周囲の状況、背景の事情)を踏まえた作品群により、その空間は以前とは違う、生き生きとした表情を見せる。新しい発想で都市空間にパブリックアートを取り入れた先駆者の一人、南條史生氏にお話を
うかがった。
その場所のためだけのアート
私は、アートプロジェクトを手がけるとき、基本的にはヴェネツィアビエンナーレなど美術の国際展で評価された作家のところにまず行きます。そういった美術の世界で非常に高い成果を挙げている人のなかには実験的なことをしている人たちが多いこともあり、リスクも高いのですが、その人たちに場所の情報を与え、何をつくるかを聞き、形にしていくようにれる、しています。プロップアートと呼ば
PROFILE
森美術館副館長。1949年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科(美学美術史学専攻)卒業。国際交流基金等を経て2002年より現職。これまでヴェニスビエンナーレをはじめ、多くの国際展、国内外の展覧会企画者、パブリックアート計画のコンサルタント等として活動。AI CA(国際美術評論家連盟)副会長、CIMAM(国際美術館会議)評議員。慶應義塾大学講師。
れる、買ってきたものをぽんと置くということではなく、この場所にいちばんいいものは何かという発想で議論していき、その結果、その場所のためのアートをつくり演出することになります。
 その方法で初めて手がけたのが「横浜金沢ハイテクセンタープロジェクト」でした。クライアントからは彫刻を置いてほしいといわれていましたが、すでに用意してあったランドスケープデザインがあまりに過剰だったため、彫刻が良く見えないということで、ここにアートは不要でしょうと伝えました。つまり、美術品を置くということは、床の間にものを飾ることと一緒なんだと。床の間には余計なものがなく、軸と花と壺が置いてあり、それらを見たときにすべてがすっきりと良く見えます。そういう話を関係者にしたら、最終的にはランドスケープデザインそのものをアーティストに任せることになりました。
都市にアートを持ち込む魅力
1995年には「新宿アイランドアート計画」という大きなプロジェクトを手がけました。ここでは60年代の美術史を代表するようなアーティストを起用しました。新宿はオフィス街で、近くに都庁があり「公の場」というイメージが強い場所です。採用した作品はダニエル・ビュラン、ロイ・リキテンスタイン、ロバート・インディアナなど、すごくメジャーなものがそろっています。
 当時、東京都現代美術館もオープンしたばかりで、それらの作品を常時展示している美術館がなかったことから、現代美術の巨匠を一般の人たちの目に触れさせる場をつくってみようと考えました。しかもパブリックアートでも、ある観点からキュレーションできることを実証してみせたかったのです。
 単純に買ってきて置くだけというのではなく、あるコンセプトに基づいて全体をパッケージ化する、
それによってメッセージが発せられ、さらに啓蒙活動が起こる。そういう考え方を提案するつもりでやっていました。だから「ポップ」「ミニマリズム」「コンセプチュアル」という60年代の美術動向の代表的な作家が入り、その結果、新宿アイランドは小さな現代美術史を描くことになったと思います。
ゆめおおおか・アート
プロジェクト
97年に手がけた、横浜、上大岡駅の「ゆめおおおか・アートプロジェクト」では、日本人を中心にアジアの若手アーティストでまとめています。上大岡駅は商業とまちの人たちの交差点ということを考えて、ポップで楽しい感じの、新宿アイランドとはまったく違った方向で進めました。一般の人は有名無名に関係なく、あまりアーティストを知りません。それよりも作品がその場所でどう見えるかが重要です。
横浜金沢ハイテクセンタープロジェクト
住友生命が事業主体となって建設した研究施設のための広場デザイン。西川勝人によるランドスケープデザインは、それ自体がアートになっている(写真:JIMBO)
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ゆめおおおか・アートプロジェクト
[右上]PHスタジオ「ルーフトップ・パッセージ」。屋上広場に上大岡の記憶を刻んだストリートファニチャーや遊具的なオブジェ8点を展開(写真:中川達彦)[左]吉水浩「Good Luck」。「グッド」を示す親指を立てたサインを表現。歩道に設け、道行く人の幸運を願う作品となっている[下左]奈良美智「World is Yours」。駅ビル内の吹き抜けに吊るされたブランコに乗った女の子、ルーシー。立ち止まって見上げる小さな子どもの姿も見られる[下右]村上隆「DOB君、こんにちは」。愛嬌のある大きな顔を、上大岡駅のある横浜市港南区の花・ヒマワリをイメージさせる鮮やかな黄色で描いている(以上写真:ナカサアンドパートナーズ)
博多リバレインアートプロジェクト
福岡市博多区で実施された再開発計画のためのアートプロジェクト。複合ビルの周辺、建物内部に「アジアガーデン」というコンセプトで、日本、韓国、中国、台湾などアジアの作家の作品を設置した
[上]西川勝人「Physalis/ほおずき」[右]ホセイン・ゴルバ「花・永遠・快楽 アサディーと世阿弥へのオマージュ」(以上写真:井上一)
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新宿アイランドアート計画
新宿に建設された、オフィスをメイン機能とした複合ビルの周辺外構および建物内部に現代美術の作品を展開。建築を含むプロジェクト全体が1996年日本建築学会賞(業績)を受賞した。
[上]Robert Indiana「LOVE」[下]Roy Lichtenstein「Tokyo Brushstroke Ι」(以上写真:山本糾)
 ブランコに乗っている奈良美智の作品に関しては、人形の目つきが悪いとか、気持ち悪いなどといわれました。でも、それだから奈良の作品はいいわけで、それを捨てたらおもしろくない。ただ彼にしては珍しく黒目の部分が黄色だったので、不気味がって子どもが泣きだしてしまうといわれ、奈良と相談してグリーンに塗り直しました。
 しかし、本当にみんなこの作品を嫌だと思っているかどうかが気になって、一週間かけてアンケートをとってみました。結果的に、否定的な意見はほとんどありませんでした。「気持ち悪いけどかわいい、怖いけどかわいい」という、今でいう「きもカワイイ」という感覚。そういうトレンドの最初に立っていた作品で、女子高校生などは非常におもしろがっていたことがわかりました。独特な雰囲気を持っているが、これだけおもしろいと思っている人たちがいるということをアンケートで立証して作品を残すことになったのです。それが今ではファンに盗まれるほどの騒ぎになっています。
 また村上隆の作品に関しては、当時数百万円くらいだった価値が今では1000万円クラスになっています。お金がすべてではないけれども、若手を採用すると、何人かは非常に高い評価を得て、
後で認知されるという楽しみもあります。
キュレーションされた
アート計画
福岡の博多リバレインでは、中国人、タイ人、フィリピン人、韓国人などアジアの作家たちが、アジアの文化芸術の現状を表現しました。そして、人工的な街の中に、自然のイメージや言葉を展開しました。 
 「大林組本社ビルアートプロジェクト」は、オフィスアートです。毎日通ってくる5000人の社員がいることを考えるとパブリックな場所ともいえます。すぐに飽きてしまうようなものではいけません。そこで「光と速度」をテーマに、パステルカラー調で軽く、ほとんどを抽象的で、ガラスを多用して透明感を出し、センスのいい作品であるけれども主張の強過ぎない仕上がりにしました。
 六本木ヒルズでは、「ママン」という蜘蛛の彫刻は結果的に目玉作品になりました。実は、社長の森氏が推薦した作品で、ちょっと不気味な雰囲気もあり最初は心配でしたが、大きくて目立ち、通行の邪魔にもならず、待ち合わせ場所のシンボルとしては理想的な作品でした。現場に目玉になる作品が
ナンジョウアンドアソシエイツの主なパブリックアートプロジェクト
(アドバイザー として関わったものを含む) 
 
1992 新横浜駅前公園換気塔外装アートプロジェクト (横浜)
1994 横浜金沢ハイテクセンタープロジェクト(横浜)
1995 新宿アイランドアート計画 (東京)
1997 ゆめおおおか・アートプロジェクト(横浜)
溜池山王駅パブリックアートプロジェクト(東京)
1999 博多リバレインアートプロジェクト(福岡)
大林組本社ビルアートプロジェクト
2000 静岡文化芸術大学アート計画 (静岡)
2002 中之島三井ビルディングアート計画(大阪)
2003 横浜アイランドアート計画 (横浜)
山形カウントダウン・クロック アートプロジェクト(山形)
六本木T-CUBEアートワーク計画 (東京)
2004 日本橋一丁目ビルディング アート計画(東京)
一点あるかないかで印象が決定的に違ってきます。
人々を動かすシンボルをつくる
例えば、新宿アイランドに設置したインディアナの「LOVE」という作品は、60年代のベトナム戦争のころのメッセージで、少々古いと思ったのですが、建築家がこの作品がいいというので入れました。すると、多くの写真家が作品の前で撮影するなど、思わぬPR効果がありました。
 現在、アドバイスをしている大きなプロジェクトが、青森県のある町の「野外芸術文化ゾーン構想」で、町の真ん中に昔からある大通りをアート化しようというものです。このケースでは、これまでの建築や野外彫刻を建てるという考え方ではなくアートを使ったアクティヴィティへどうつなげていくかが重要だと思っています。全体をどうやっていくかはこれからですが、成功させるためには、国内外を
問わず外から人が見に来るようなシンボリックで魅力的なものが必要だと考えています。
都市づくりは最大のものづくり
今日では文化を抜きにまちづくりはできません。それは日本に限らず、今や韓国、中国、台湾では当り前のようにパブリックアートが再開発のなかに入っています。都市開発は大変クリエイティブな仕事だと思います。しかもそれは「人間がこれから、いかに生きていくか」という大きなビジョンにつながっているのです。人間から出発し人間に戻るもの。都市づくりもアートも、人間のためのものだと考えています。人間から出発し人間に戻り、そうして出来上がったものが巨大な都市になるということを考えると非常におもしろいですね。可能であるならば、今後、建築や都市づくりに積極的にかかわってみたいと思っています。
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