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「パブリックアート」とは、都市と人の身体感覚や記憶を呼び覚まし、それらを再開発・創造する契機を与えるものではないだろうか。都市開発とは同時に人の身体感覚に影響を与え、相互に生成変化していくことであり、そこでアートはダイレクトなツールとなる力を持つ。ベルリンでは特にそのこと強く感じる。「ベルリンでおもしろいアートは何ですか?」とよく聞かれるが、「ベルリンは都市そのものがアートです」と答えている。創造と破壊の連鎖と分断というアートのキーワードを、これほど具体的に生きている都市はほかにない。すべての事象が過去から経緯する「現在」として、無関係には存在できない街なのだ。ワイマール共和国の時代から、ナチス第三帝国、DDR(東ドイツ)、統一ドイツと激変す |
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るなかで、ベルリンの再開発はその場所の「記憶の痕跡」というべき事象が繰り返し検証されてきた。
アートが国境を超えたネット時代の共時性のなかで語られるなら、そうしたベルリンを取り巻くテーマは抹香臭いアナクロニズムかもしれない。資本主義が発達し、国家という主体の解体・拡散のなかで、空間や時間への立脚点は変容していく。しかし現在の帝国主義リバイバルの見せる眼前の殺戮は、隠された代償を再び気づかせてくれる。ベルリン市民の反応はそこに敏感である。20世紀の間「被害」と「加害」を同時に生きた街は、いまだ都市の存在証明を、その歴史の分断と連鎖のなかで問い続ける必要が残されている。
また、建築都市ベルリンにあってはアートという言葉は境界を |
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持たない。アートは個的なオブジェや建築の副次的な産物ではなく、プロジェクト全体の文脈の形勢に位置づけられてゆく。ダニエル・リベスキントのユダヤ博物館が、建築としてのパースペクティブというよりはヴァニシングポイント(消失点)を描き出しているように、建築にも「壁」はない。
ここではそうした広義な「パブリックアート」を紹介したい。それぞれが、都市の記憶を蘇生し、過去の問題を現在形としてリアルに想起、思考させるツールとして機能している。過去の史実は学べても体験はできないが、アートによって個々の想像力とともに、そのイメージを再び生きることができる。その問いかけから、過去を踏まえた未来の都市創造をベルリンは希求している。
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