情報誌「ネルシス」 vol.8 2007

P-08 大阪・道頓堀に生まれた川辺の遊歩道―とんぼりリバーウォーク
P-16 「対談」どんな仕掛けがまちを楽しくするか…橋爪紳也・竹沢えり子

P12-15
目次
社会実験で試されたオープンカフェの効果
イベントのポップが置かれ、情報発信の場としても活用される
3K(臭い・汚い・危険)のイメージがいまだ残る新宿駅東口。
毎日300万人以上が乗降する新宿駅があり、アルタ、伊勢丹、歌舞伎町と、世代や嗜好の違う人々が集まる交差点のような場所であることから、東口には常に人が多く、近年は外国人観光客も増加している。
そんな観光都市への変貌を迫られるなか、かつてのイメージからの脱却が試みられている。
新宿モア4番街モア4カフェ

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放置自転車・ホームレス
対策の決め手
新宿駅東口を出てすぐ、新宿通りと靖国通りに挟まれた新宿3丁目一帯は「モア街」と呼ばれ、人々に親しまれている。モア(MOA)とは「mixture of ages」の頭文字で、さまざまな世代が交流してコミュニケーションをとる街という意味を込めて1987年ごろにつけられた。モールという発想が全国的にもまだ珍しい時代だった。
 モア街には御影石やタイルで舗装された通りが5本あり、最も道幅が広いのがモア4番街である。ケヤキの植栽が心地よい日陰をつくり、石畳のオープンカフェにくつろぐ人の姿も多い。ここが、社会実験として新宿区駅前商店街振興組合が取り組んでいる「モア4カフェ」である。
 しかし、そもそもどうして車道にオープンカフェが開設されたのだろうか。


区の担当窓口である新宿区環境土木部道とみどりの課計画主査の佐藤辰生氏にお話をうかがった。
 「二十数年前、駅前商店街がモール化を発案したころは世の中バブルで、歌舞伎町は風俗産業が旺盛でした。その波が新宿3丁目まで押し寄せてきて、街の品格が脅かされてきた。それを阻止するために道路環境を改善して、健全な人たちが集まるまちに戻そうと、新宿駅前商店街振興組合の二世会が中心となって動きだしたのです。ちょうど新宿区に都市整備室ができ、要望の受け皿ができたころでした。区や都から補助金をもらい、地元商店街が5億〜7億円かけて舗装を整備し、雰囲気のよいモールが
できました。しかしバブルが崩壊してホームレスが増え、彼らの汚物や荷物、さらには放置自転車などで再び環境が悪くなってしまった。環境土木部の自転車対策係も対策を講じるのですが、いたちごっこでした。そのころ国土交通省道路局から社会実験*注として、オープンカフェなど地域主体の道活用の呼びかけがあり、これをうまく利用してみようということになったのです」
 区が主体になり、2005年9月から12月末までの延べ54日間、社会実験を実施。通りに面して出店していたバーニーズ・ニューヨークの協力により実施したテントでのカフェが話題となった。その結果、違法駐車・駐輪や不法占用もなくなり、
道路環境が確実に改善された。ところが社会実験が終わると、たちまち元の悪い状態に戻り、以前よりクレームがたくさん出たのである。
 「そんなこともあり、すぐさま第二次の社会実験が計画されました。実施期間は2006年8月から2007年7月まで約1年。今回は主体を区から商店街に移すことになったのです」と佐藤氏。実質的なオープンカフェの事業者が見つかったことで、仮設ではあるが本格的なメニューが出せる店舗を2カ所設置。道路上の仮設建築物については、特定行政庁と区長が許可を出したことで実現した。晴れていれば毎日、昼の12時から20時まで営業した。

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 「結果、すごく環境がよくなりました。違法駐輪・駐車も激減しています。美観に関しても、カフェのスタッフたちがオープン前に道路を清掃し、草花に水をやって維持しています。営業に必要な上下水道や電気施設の整備以外に区からの特別な補助はありませんが、そのかわり道路占用料を免除しています。区では環境改善とあわせ、道路空間を活用することによって、まちにぎわいが創出されれば、当面の目的を達成できたと考えます。カフェは現在のところ赤字ですが、将来的には道路占用料の徴収も視野に入れています。実際、オープンカフェそのものの評判はすごくいいですよ」と佐藤氏は社会実験の成果を語った。

写真:編集部
 第二次実験では金・土・日と生演奏をやっていることもあり、確実ににぎわいが生まれ、お客さんの質もよくなったという。通常も利用者の2割は外国人で、特に欧米系の観光客が多い。カフェを利用しなくても座ることができるため、お年寄りの休憩所にもなっている。カフェ事業者は道路の環境改善という趣旨を理解しており、こうした利用も許容しているのだとか。道を尋ねる外国人観光客も多いので、数カ国語を話せるスタッフがいるなど、店側の意識も相当高い。
カフェ事業者の心意気
第二次実験期間の2006年8月から4月までの利用者は、売上から換算して11万6331人、1日平均では482人。第一次の倍だという。多いときで1日3000人という日もあったとか。買わないお客さんもかなりいるので、実際の利用者は20万人以上と推定される。そしてこのカフェ運営を買って出たのが、若きベンチャー起業家の畑宏芳氏(ジーニア&アーレイ(株)代表)だ。もともとカフェ経営の経験のない彼が、なぜここでオープンカフェをやることになったのだろうか。
写真:編集部
 「きっかけは新宿という街に対する思い入れでしょうか。出身は長野で、東京に出るというとだいたい新宿なんですね。中央本線の起点であり終点ですから。振興会のなかにも長野県出身の方が多い。新宿は歓楽街としても世界的に有名なまちです。情報発信力も高い。それを考えて、これは少し本腰を入れてやってみようと思いました。カフェを始める前は女性一人で通るのが怖いような通りでしたから、オープンカフェはどうかと思ったのですが、調査を始めて半年たち、人の流れを変えることができればなんとかやれるのでは、と。実際やってみると大変ですね。初期投資総額の4000万円は、まだまだ回収できていません。天候に左右され、暑すぎても寒すぎてもお客さんは座りませんし。集客のためにライブをやったり、メニューの内容を検討するなど工夫しています」と畑氏。

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 メニューの価格帯は200〜500円。椅子は通常280脚、テーブルは50〜60あるので、フル回転すれば1日100万円以上の売上にはなる。しかし、まわりにはコンビニやファストフード店、コーヒーショップなどがあり、なんでもそろっている。そこで買ってきたほうが安く、いまでも3分の1は持ち込み客だ。そこで、窯を設置し、材料にこだわった焼きたてのピザを出すなど、ここならではのメニューを発案、ワインもイタリアから特別に輸入するなど努力している。そしてピザもワインも、おいしいのだ。

区も商店街も
継続を望んでいる
そうした畑氏たちの努力を応援している地元・新宿駅前商店街振興組合専務理事の和田総一郎氏はこう語る。
 「新宿は、これまで何もしなくてもお客さんが来ていましたが、お台場や汐留など新しい商業集積地ができたので、都市間競争の時代に入りました。そのなかで、いかに新宿に来てもらうかの戦略が必要です。22年前からこの商店街では道路を整備し、ソフト面では、
放置自転車やホームレスのダンボールなどを取り締まる環境浄化、看板はみだしチェック、クリーンデイと称した清掃をそれぞれ月2回、行っていました。しかし見回ったあとはまた元に戻ってしまう。駅から区役所に行くには、まずこのモア街を通ります。新宿が変わったことを来街者に示すには、ここがきれいになることが一番でした。そこで区の協力のもとオープンカフェをスタートさせました。実際とても評判がよく、浮浪者が減り、客層も変わった。カフェの採算面で問題が残りますが、組合も効率化に協力しています。カフェを道路上で365日展開しているところはほかにありませんから、今後もぜひ続けていきたい。仕事、飲食、物販の3つが混在している新宿は、歌舞伎町も含めて面で変えていかないといけません。来てよかったと思える街にしたいと思っています」
 地元商店街の熱心な働きと、若き起業家によって実現したオープンカフェ。今後はどのような展開になるのか。前出の佐藤氏はこう語った。
 「確かにこのオープンカフェで環境がよくなっているものの、現行の法律内では本実施は難しい。だから社会実験なのです。全国でもオープンカフェはいろいろなところで実施されていますが、一時的なものです。道路を使って、しかも仮設の建物で毎日営業しているところは皆無でしょう。おそらく地方都市では、毎日やってもお客さんが

来ない。新宿だからこそできることです。しかも公益性・公平性があることが大事です。
 私は当時、できたばかりの都市整備室にいて、モア街の整備に20年前からかかわってきました。この地域は、区画整理されたときの境界認定の確認書がないなどの問題があったなかで、一致団結して道路整備を実現させました。そういう地元の情熱を知っています。今回のオープンカフェについても、それだけの覚悟と情熱がないとやれません。こういうことは行政だけではできませんよ」
 この社会実験、すでに2007年8月から第三次が実質スタートしているが、
今後もおそらくやめることはできないだろうと佐藤氏は予測する。10月には商店会をはじめ警察や保健所、消防署など関係者を集めて協議会をつくり、社会実験から本格実施に向けて法律改正の要望なども視野に入れ、話し合っていく予定だという。
 全国でさまざまな社会実験が展開されているが、本格実施に至るまでには困難も多い。地域が抱える問題に、地域住民や関係者がいかに真剣に取り組んでいくかが試されている。少しでも快適なまちにするために、既成の枠にとらわれないさまざまなアイデアが必要な時代になってきたのだ。
*注:社会実験とは、新たな施策を本格的に導入する前に、場所や期間を限定して地域とともに試行する取り組みのこと。社会実験の実施により、施策の課題や効果などを、本格導入の前に把握することができる。1997年6月に建設省(現国土交通省)道路審議会答申において提案され、実施が決定。1999年から社会実験を実施する地域・団体を公募する制度を導入。詳細は国土交通省道路局ホームページを参照。
http://www.mlit.go.jp/road/demopro/

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