情報誌「ネルシス」 vol.8 2007

P-20 二見恵美子―時を越えた美しい景観を求めて
P-28 ストーリーが育まれるまち…枝川公一

P24-27
目次
まちに佇める居場所をつくる
時代の要求を五感でとらえるランドスケープアーキテクト 長谷川浩己

ビルの谷間に集う人々、ここはコレド日本橋アネックス広場。以前はあまり使われていなかったというこの広場のリニューアルを手がけたのが、オンサイト計画設計事務所の長谷川浩己氏である。
「パブリックな場所に、プライベート性のある居場所をつくりたい」と話す長谷川氏のデザインには、そこに佇んでみたくなる場所が必ずある。
高校生のころから環境への関心が強かったという彼は、ランドスケープデザインの世界で、水を得た魚のように楽しんでいる。
快適な空間に変わった
コレド日本橋アネックス広場
2004年にグランドオープンした「コレド日本橋」は、東急百貨店日本橋店跡地に建てられた再開発ビルで、北側にはオープンスペースとしてコレド日本橋アネックス広場がある。6mを超える樹木と、段差を利用した水の流れが売りだったが、実際にはあまりうまく使われていなかった。翌年、オープン一周年を記念して、この広場の活性化を図るイベントが企画された。広告代理店が集められ、
コンペを行ったなかから選ばれたのが、博報堂と設計事務所「オープン・エー」の馬場正尊氏らによる、広場全体を変える提案だった。そして彼らからの誘いで、長谷川氏が参加することになった。皆の合言葉は“街なかに、誰でも座れるホテルラウンジをつくろう”だった。
 「なんとなく居やすい、という場所にしたかったのです。そのためにも、テーブルをたくさん出そうというのは最初から皆で決めていました。都市の広場に、動かせる椅子が
置かれることはありませんからね。盗まれたり壊されたりするのを嫌がるんです。
 具体的なデザインでは、広場の地下が駐車場になっていることから、床にアンカーが打てず、何もいじらないのが前提でした。それと床に水勾配がついているので、椅子の置ける平らな床が必要でした。そこで提案したのが、島状のウッドデッキです。これがあらゆることのベースになりました。座るベンチとして、また、照明のための仕込みスペースや、

プランターを固定するベースにもなっています。四角い広場にウッドデッキが、まるで雲が浮いているようにあり、とても有効に働いています」(長谷川氏)
 なんとなく居やすい場所にしたかった、という彼の狙いは当たった。昼休みの広場では、弁当を広げたり、新聞を読んだり、昼寝をしたりと、多くの人が思い思いにひと息ついている。利用者は働く人ばかりではない。ベビーカーを押すお母さんたちの姿も多く、日本橋界隈での、人気の休憩場所になっている。
長谷川氏は、実際にリニューアルしてみて、こうしたスペースへの潜在的欲求が高いことがわかった、という。都心部の公開空地では、あまり利用されていないものも多いが、デザイン次第でオアシス空間になることが証明されたのだ。
周りにない密度を実現した
丸の内オアゾの屋外空間
同じく2004年にオープンし、東京駅周辺の新名所となった「丸の内オアゾ」。そのランドスケープデザインも、
長谷川氏の仕事だ。コレドがインスタレーションのような仕事だったのに対し、オアゾは、ディベロッパーや建築設計者とともに、ビルが建つ前の基本計画から参加している。使われ方が見えない段階での計画は、魅力的というよりは無難なものになりがちだというが、ホテルと4つの高層ビルをつなぐ足元空間は、エリアの一体性を表現する重要な役割を担う。そこで彼は、ランドスケープの最も地となる舗装に工夫を凝らした。

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初夏の風が通り抜ける木陰で休む人たち。昼休みともなると、すべての椅子が人で埋まる人気の広場だ。コレド日本橋アネックス広場は、2005年度、建築・環境デザイン部門のグッドデザイン賞(日本産業デザイン振興会主催)を受賞した


 「そこはビルに囲まれていて外から見えない空間です。端整でフォーマルな東京駅前の雰囲気と、ちょっと違ったスケール感の場所をつくろうと、オアゾでのテーマを『周りにないスケール感』としました。小さなスケールのものがいっぱい集まってできている感じ、を出そうと考えたのです。例えば、ペイブメントにはいちばん小さいもので60mm角のピンコロを使っています。その素材は、玄晶石、緑の羅源石、PC、木、レンガの5種類。足裏の感覚もデコボコして、職人さんの手の温もりが伝わるような空間になっています」
 小さい石畳を敷き詰めた庭には、視線を微妙にさえぎる“ついたて”の付いたベンチが置かれていて、ちょっとしたプライベート空間になっている。サラリーマンが本を読んでいる姿を見かけることも多い。よく見ると、すりガラスのようなアクリル板には、トンボや葉など江戸小紋の柄がついていて、同じ柄がマンホールにもあしらわれている。遊び心で「江戸」を隠れテーマにしたという。ほかにはないこうした密度が、オアゾの空間を見事に際立たせ、無難になりがちなオフィス街に、ふと立ち止まりたくなるような楽しさを添えている。
周りにない密度を実現した
丸の内オアゾの屋外空間
長谷川氏が日ごろ思っていることがある。それは「居心地」についてだという。
 「ふらふら歩いていて、一服するときにどこを選ぶのか。普通の人でも無意識に反応し選んでいる。気持ちが動く、感情が動く、という感じです。そういうことをさせる『佇まい』をつくりたいと思っています。僕らが扱っているのは“図と地”でいうところの“地”の空間です。しかも手がけているのはほんの一部、浜辺の砂粒ひとつのような感覚でとらえています。

与えられた“地”の空間がどういう状態なのかを自分なりに把握して、それに対して一手を打つ。そこをきちんとしたい。コレドの場合も、広場を見せたいのではなく、都市のなかにこういう空間が存在していたんだ、ということに気づかせることでした。大通りから一歩裏手で、建物に囲まれた、いいスペースでしたから、それにちょっと手を加えることで、そもそものよさを引き出したのです」
 変わり続ける“地”の空間をどう読むかが重要だ、と
長谷川氏は語る。“次の一手”は、そういう動きのなかで常に考えているという。
 「“地”をどう読むかは感覚です。いまはパブリックのなかにプライベート性のあるものを、押し付けがましくなくつくりたいと思っています。なぜといわれてもわからない。それが当たりそう、という感覚です。“図と地”の関係はさらに流動的です。膨大な“地”のなかから突然、“図”として浮かび上がる、そのダイナミズムがおもしろいのです」
どこかよそ行きの顔を
しているまちでも、居心地のよさそうな一角があることで、人々は都市に寄り添うことができる。「居場所とは意識化された“地”の空間である」と長谷川氏は言う。彼の「いま」は、そんな居場所づくりに向かっているのだ。
次のテーマは観光地
高校生のころから自然保護や環境問題への関心が強くあったという長谷川氏は、「環境」と名のついた学科に惹かれ、千葉大学の園芸学部環境緑地学科に入学する。

細部にこだわった丸の内オアゾの足元空間。アクリル板の葉の模様は、広場に植えられたエゴの葉がモチーフというオリジナルデザイン

そして大学3年になって初めて「造園」という分野があることを知り、ランドスケープデザインを海外で学ぼうと思い立つ。大学卒業後、足立区役所土木部公園課工事係に就職し、仕事帰りに英語を勉強。留学費用を1年で貯め、オレゴン大学大学院ランドスケープ・アーキテクチャーに留学する。
 「とにかく一度、日本を出てみたかったのです。日本の場合、造園は農学系ですが、オレゴン大学では建築も美術も履修することができました。僕のデザインの勉強はアメリカが初体験ですから、日本と比較しようがないのですが、基礎から学べたことはよかったですね。とにかく毎日、授業についていくのに必死でしたが、僕だけでなく、向こうの学生はみんな必死で勉強している。

そのうちに、なんのためにデザインしているのかわからなくなって、ひとり悩みを深めていました。スロースターターですから、人より遅く悩み始めたようです」
 2年半の大学院修士プログラムを修了後、そのままアメリカの設計事務所に就職する。ハーグレイブス・アソイエイツ、ササキ・エンバイロメント・デザイン・オフィスで経験を積み、1992年に帰国。そして1998年に、ハーバード帰りの三谷徹氏、戸田知佐氏らとともに、
ランドスケープデザインを手がけるオンサイト計画設計事務所を設立した。彼らの洗練されたデザイン感覚は、ランドスケープの重要性を意識した建築家たちに高く評価されている。そして、長谷川氏の最近の仕事で最も注目されているのが、軽井沢の高級リゾート「星野リゾート・ホテルブレストンコート・エリア」のデザインだ。2006年のグッドデザイン賞、芦原義信賞を受賞している。
 「ここでは、“風景で
お金が取れる”ことを目指しました。あそこの自然、原風景をつくり、その風景でお客さんを呼ぶことができれば、その風景を維持しようとしますよね。結果、そこの自然に対してフィードバックすることができる。つまり、本来あるべき風景を取り戻すだけでなく、それこそが場所のアイデンティティで、価値あるものとなるのです。
 最近、観光地は僕の中でおもしろいテーマなんですよ。いままでの観光地の多くは、

そもそもそこにあった魅力とは別なことをして人を呼んでいる。それではいずれ飽きられます。そこで持続できる観光は何かと考えると、まずベースにすべきは、その場所固有の風景なんですね。星野リゾートの星野さんはそのことがよくわかっている。そこにある生態系になるべく寄り添ったかたちで風景をつくり、それが評価されるのが、皆にとっていちばんいいと思っています」
*
観光地は、日常のちょっと先にある居場所。
そして、観光地が居場所であり続けるためには、人々のイメージを裏切らず、生態学的に安定した自然、ずっと前からそうであったかのような風景があることだと言う長谷川氏の打つべき次の一手は、経済活動と環境回復が矛盾せず行われ、地方が持続的に活性化していくためのランドスケープデザインだ。“魔法の一手”になることを期待して。
軽井沢にある「星野リゾート」のランドスケープデザイン。風景で人を呼ぶことができることを実証
写真:吉田誠

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