情報誌「ネルシス」 vol.9 2008

P-14 3つの歴史的な広場再生を通したマカオのまちづくり
P-24 対談 ランドスケープアーキテクトの職能を考える

P20-23
目次
街なか再生を実現するメインストリートプログラム手法 文……大谷昌夫(株式会社都市ぷろ計画事務所代表取締役)
街なか衰退から生まれた再生手法
紙幅上、都市の中心市街地をここでは「街なか」と呼ばせていただこう。街なかの活性化については、中心市街地活性化法の改正をはじめとして、最近の都市再生の大きな課題となっている。20世紀の都市の拡大やモータリゼーションに伴い郊外に流出してしまった店舗や購買客をもう一度呼び戻し、寂れてしまった街なかを生き返らせる必要が全国の都市で唱えられているものの、それらの実績がなかなか見えてこない。
 このような街なか衰退傾向は、グローバルな現象として指摘されており、欧米の諸都市でもさまざまな工夫が凝らされている。そのなかで、米国で開発されたメインストリートプログラム(以下MSP)という手法が、1980年以後の四半世紀の実績を有する先進事例として注目されている。
MSPは当然的手段のプログラム
MSPの内容を見ると、目からうろこというような画期的な要素が含まれているわけではなく、
以下のような常識的な骨格で構成されている。
①街なか活性化の実践は、街なかの血脈として一定の限られた範囲のストリートにある。
②再生活動には、中心となる専任マネージャーの存在が不可欠である。
③再生内容はストリートごとに異なり、多面に及ぶものの、取り上げる課題は組織、デザイン、プロモーション、経済再生の4ポイントに集約され、この4ポイントアプローチを包括的に実践することが成功の道である。
④地元の主体組織を構成するとともに、行政などの公的機関と連携した公民連携(Private Public Partnership:PPP)の構築を基本とする。
⑤成果は一瞬にはできず、最低3年以上の継続を全体にしてプログラムを組む。
 これらの項目を熟視すると、どれも、実践に向かう活動においてはMSPに限らず有効なこととして認知できる。しかし、一方でMSPは、上記の要素の1つでも欠けることが、成功に至らなかった事例の原因と分析している。つまりMSPは、街なかの再生活動に必要な事項について、それらを包括的に実行することを条件として、その実践手順を示唆したプログラムなのである。

MSPの法則
MSPは1977年、経済的不振が続く当時の全米の街なか(ダウンタウン)において、伝統的な商業建築が衰退していく対策として、歴史保全ナショナルトラストがスタートさせている。その発端において、それぞれの街なかにある固有の歴史性を再生するためには、衰退した理由や健全保持を妨げる要因を研究し、いくつかのモデルストリートにおける実験を通じてプログラムをつくり上げている。
 この過程において明確になった重要性は、強力な公民の連携、常勤マネージャーの設置、よいデザインや高品質を志向したプログラム、上手な推進プロセス、とされている。MSPとしては、街なかの歴史建築の保全のためには、街なか自体の再生による活性化が必要であることを示したのである。そのプログラムは、現在では全米で約2000のストリートに適用され、そのうちの6割のストリート組織が、歴史再生を根底においた活動を継続する成果を挙げている【表】。
MSPの進め方
それぞれのMSP地区の特性によって差異があるはずであるが、おおむねMSPは
以下のように進行する。
1.ストリート区域の人々により既存組織の一部あるいは新規組織としてMSP組織を構築する。行政による誘導など、すでにPPPが作用している例もあるはずである。
2.トラストに対してMSP認定手続きを行い、その規定に基づくマネージャーを募集・雇用する。
3.採用されたマネージャーは役員会の運営を促し、その方針に基づいて必須4ポイントの部会【図】を運営。それらが打ち出した再生策の日常活動の実行に努める。
4.MSPの効果はいくつもの実行の積み重ねであることを前提にして、毎月・毎年の実行策の評価を行いつつ、長期プログラムに膨らませていく。
 方法論として書き出せば以上であるが、どの地区でも課題となるのは、MSPの理念として掲げられている高品質と人々への訴求をどのように組み入れられるかである。先進他地区やショッピングセンターの模倣や、単なる新素材導入では、独自性は形成できない。ストリートの形状、店舗構成など地区特有の資源を生かすことに行き着く。それは、そのストリートが形成されてきた過去の経緯であり、沿道の建物や地形の歴史が色濃く反映されていることに着目することである。歴史的建造物などの資源があればそれを生かし、障害となっているものを改善していくのがMSPであり、言わば温故知新を提唱している。

サンフランシスコ郊外のプレザントン市(人口6.8万人)では、市内唯一のメインストリート(約500m)において沿道環境整備を行った。公道の歩道部分を、沿道の店舗に有料で使用できるようにしたことで、カフェなどの楽しげな空間が生まれた。これらのマネージメントをMS組織が行い、その手数料が組織収入になる。地元商工組織が専任マネージャーを雇い、市の職員も協力して取り組んでいた


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車道を狭くして駐車スペースや休憩スペースを設けている。
リバモア(サンフランシスコ郊外、人口8万人)
2007年、シアトルで行われたカンファレンス寸景。
各地から参加者が集まって意見交換をする
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日本型街なか再生プログラムを目指して
MSPが米国で発展してきた背景には、四半世紀をまたぐ実践経緯ばかりでなく、ナショナルトラストという中間的な推進母体、地域限定課税と還元ができるBID制度(Business Improvement District)、州ごとの独自性などの米国事情が反映されており、他国へ伝播しつつある内容も、それぞれの国情を反映して実現されていくと考えられる。
 それでは、わが国ではどのような街なか再生策が可能になるのか。MSPを座右に置きながら日本型のプログラムを考えてみよう。
1.街なかは通りの集合体
中心市街地活性化法を基本とする中心市街地の概念は、数十ヘクタールに及ぶ都市の中心部を一体的な面として設定し、それらの総合的活性化策を基本計画として策定している。その面的区域には、線ともいうべき商店街などの街なか組織が10や20程度含まれている。したがって、街なかはいくつもの通り(あるいは沿道組織)の集合によって構成されており、それらの個別の再生改善が膨らんでいくことによる
街なか総体の再生方法が想起されるのである。つまり、街なかを通りの複合体としてとらえて、それら個々の改善を図る観点に基づくMSP的手法が有効と考えられるのである。
2.マネージャー雇用
通りの再生を図るために、日常的に通りの状況把握や再生活動を意図した専門役が存在できれば有効なことは自明である。しかし、その雇用には数百万円の年棒が数年必要となり、その捻出法を考え出さねばならず、一商店街の通常予算では全額はなかなか難しい。そのためには、まず行政からの補助あるいは人材提供などの支援方策が望まれる。街なかのいくつかの再生すべき通りにそれだけのマネージャーが必要かという議論が予想されるが、同時的でなく一定の実行条件を備えた通りを1本ずつ、順次育成すればいい。もちろん、外部支援の前に自力で雇用できる底力を発揮できる通りがあることが理想ではあるが……。
3.4要素の包括手法
現在、通り再生を試行しているモデル地区において、現地活動で論出される多様な活動課題を煮詰めていくとMSPの提唱する

4つの課題に集約されるという実証を得ている。組織、デザイン、プロモーション、経済再生の4要素について、どれかに偏重することなく包括的に進行していけば、街なか再生の成果が見えてくることを示している。国情が異なっても、街なか再生の課題は共通性があり、MSPの30年の実績を信じて実行するかどうかにかかっている。
4.実行前提の公民連携
街なか再生は、地元の都市環境の場面ばかりでなく、販売額や地価水準による税収や都市間競争までに及ぶ行政面からの重要課題を含んでいる。ゆえに中心市街地活性化法の活用に際して、基本計画の策定にとどまらず、それを実現につなげる血脈が街なかの通りの一つ一つであるという原則を基本におくことが必要と考えられる。やるか、やらないかの判断をするためには、人々が認識しやすいストリート単位の区域設定が有効である。そのため、地元との連携や支援を考えていくことが重要となる。
 以上で紙幅は尽きたが、街なかが元気を取り戻すためには、そのためのプログラムが必要であることを強調したい。
街なかには、それぞれが取り戻すべき歴史があり、その独自の価値を見つけることから未来への実践が始まる。歴史とは史跡ばかりでなく、ストリートの地中から上空まで、沿道の建物の軒先や出入り口、夕日の風景まで含めることもプログラムに必要な包括性能の一環であることも主張しておきたい。
 再開発コーディネーター協会は、2004年から米国MSPカンファレンスや講座に参加し研究を重ね、自主事業として2007年度から「街なか通り再生プログラム事業」をスタートさせている。現時点ではモデル地区で試行中であり、これらの実証に基づきプログラムを進化させて、わが国の街なか再生に寄与しようと考えている。本項は、その推進を図る立場で関連資料の一端を参考にしているが、文責は筆者にある。
大谷昌夫(おおたにまさお)
技術士・建築士・再開発プランナー。株式会社都市ぷろ計画事務所代表取締役。社団法人再開発コーディネーター協会理事・まちづくり支援特別委員長として「街なか〈通り再生〉プログラム」の開発に従事。


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